(6)




三日後の日曜日のこと。
大家は息子夫妻の住む隣県へ朝早くから出かけていった。下宿生たちはかねてからの打ち合わせの通り、1階の居間に集合する手はずとなっていた、のだが。

「…っあー、今日だったっけえ」
「今日だ。起きろ」
「備は真面目なー。日曜の朝なんてフツーに寝るわ。今何時よ」
「もう9時だ」
「うお早っ!休みに9時起きとかって何年ぶりだろ」

寝癖だらけの髪の毛を撫でつけながらぶつくさ言う皆川を、黒澤が静かに追い立てている。二人分の体重に細い階段の板が軋んだ。
特進科コンビが鴨居をくぐった先、テレビのある居間では、台所の椅子を引き出して座る見目、ローテーブルにそのまま腰掛けている東明、柱に背を預けて立っている大江が待ち受けていた。「はようです」と寝坊を悪びれるでもなく挨拶をする皆川へ、三人はそれぞれ返事をした。

「朝食は簡単なものを用意したから。…休みの日のご飯は自前だけど、今日は特別」

手でひらり、と示した先にはパンと目玉焼き、野菜の炒め物、コーヒーのドリップパックと電子ポットが出してある。

「食いながらでもいいんか」
「いいだろ。そこまで込み入った話でもないし」と見目。にこにこと爽やかに言う彼に対し、東明は眉をぎりぎりと吊り上げて唸り声すら発した。
「俺にとっては大問題だ!別に飯は食ってたっていいけど、話は訊いとけよ」
「はいはーい」
「てめえはそんなお気楽な返事すんなボケ!」

平手でぱし、とはたかれたのは、東明の足下に正座させられている林 周だった。抵抗なく叩かれて、セット前の猫毛ストレートがかくり、と首ごと垂れた。
皆川は「じゃ、遠慮無く」と気にした風もなく食卓に座り、ドリップを組み立てている。黒澤も向かいの椅子を引き出して腰を掛け、カップの上にコーヒーのパックを展開させた。

「…斎藤は」
「斗与なら、さっき、ええと…」大江は言い淀んで周の顔を見た。首を傾げる。
「たまきたまき」
「そう、環先輩を起こしに行ったんだけど。…逢わなかった?黒澤君、皆川君」
「逢わなかった」
「向かいの部屋、ドア閉まってたぜ」
「…………行ってくる」

穏やかに牛乳がどうの、醤油はどこにあるの、と説明していた大江の声色が唐突に冷ややかなものに変じた。ふらりと上半身を起こして部屋を出て行く。見目が溜息を吐いておざなりに手で顔を拭う。

「事を荒立てない伝え方ってのを知らないのか、お前たちは」

黒澤がゆっくりと首を捻り、眼鏡を外した皆川がカップの縁に口を付けたところで、2階から罵声が聞こえてきた。



数分後、周の脇にはうり二つの顔をした林 環が正座させられていた。髪は四方八方にふくれあがり、頬はごく薄くだが赤く叩かれた痕がある。よく観察すれば人の手の形をしている。御陰でしばらくは見分けが付きそうだ。

「大丈夫、斗与」
「…なんとか」

髪はぼさぼさ、Tシャツの縁はよれて、まるで彼も今起きたところと言わんばかりの格好で戻ってきたのは斎藤だ。息は荒く表情は引き攣っている。そんな彼を椅子に座らせて、大江は心配そうに頭や肩を撫でまくっていた。

「不法侵入、家屋損壊に続けて暴行罪も追加だなあ、林ども」
「えええー、それは環だけじゃんかー。俺なんもしとらんし。ってかしたかったし。ずっりい環」
「据え膳食わぬは男の恥と言うからさー、そりゃとよとよが起こしに来たら襲うのでファイナルアンサーでしょ」
「エフエーですわー……、ぐわ」
「黙れサラウンド馬鹿」

座ったまま脚を伸ばした東明は、踵で環の肩を蹴り飛ばした。さらに掴みかかろうとした先輩を見目が「まあまあ」と宥めている。
一方、

「何かされたの!」
「落ち着けこの阿呆!ってかここで服ひんむくなって!」
「こ、これ指の痕!?ねえ、斗与ぉ!」

にわかに騒ぎ出した大江と斎藤を、皆川はパンに齧り付きながら眺めた。黙ってコーヒーを啜る黒澤。

「なーこれ、いつ始まんの。そもそも今朝、何の話するんだったっけ」
「だから言ったろう。事を荒立てるな、話を複雑にするなって…」

のほほんと尋ねる後輩に説教をすることも忘れず、「俺だっていつ始まるんだって言いたいよ」と見目はぼやいた。集まっただけでもこれだけの騒ぎだ、結論がどう付くのか甚だ思いやられた。




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