(5)




勉強机に添え付けの椅子に腰掛け、荷物を放り出したままぼう、としていたら、両の手にやわらかな感触があった。焦点が合う。心配そうな薄い虹彩が情けない顔の自分を映している。

「……さい、とう」
「東明先輩、大丈夫ですか。水、持ってきてますけど」
「…そこまでじゃない。悪い。駄目だな、俺」
「そんなこと。大丈夫ですよ、人いっぱいいるし」
「うん、…ああ。……なあ、斎藤」
「はい」
「俺、日夏の附属大学に行きたくてさ」
「はい」
「…だから、ここ、引き払いたくないんだ。実家も遠いけど、願掛けなんだ。更新は本当は今年でストップなんだけど、おばさんもそれ知ってるから何も言わないでくれてて」
「そっか…」
「そうなんだ。だから、……だから、なあ、斎藤」

ふふふ、と自然に漏れた笑声に、工太郎をしゃがみ込んで見上げていた斎藤の、顔が強張った。

「あッの林ども風情に俺の素晴らしい人生計画を頓挫せられる訳にはいかねえんだよなぁあ!?今から合宿先に行ってボッコボコにしてきても、正義は俺にあるよなぁ!」
「し…しのあけせんぱい、東明先輩!」

(「多分、じきにキレると思うから」)

斎藤は耳に流し込むようにして聞かされた、今後の見目予想を思い出しながら、握った手に力を込めた。正直、少し怖い。

(「斎藤が掴んでたら、多分無茶なことしないから。俺たちが作業してる間、東明さんのこと捕獲しててな」)

最悪、工太郎さん、って言いながら抱きつけば耐性無いからきっと固まる、なんて意味不明な命令までしてくださって、後輩を引き連れ、見目は壁の穴をくぐっていった。今頃、林環の部屋に二匹の象が鼻を絡め合ったポスターを貼っていることだろう。
確かに彼らに比べれば、自分は小柄で力も無いかもしれない。それでも出来ることをしなければ、と決意を深めながら、段々と筋の浮き上がってきた両手をぎゅう、と握る。




「貼ったか−?おし、じゃあ今度はこっちの箪笥を動かすぞ」
「えーと、いいんですかね、こんなしちゃって」
「犯罪者に拒否権は無いよね」大江は穴の向こうを必死に見ている。「斗与、大丈夫かな…」
「東明さんなら大丈夫だろ。はい、皆川はそっち持つ!」
「なぁ備、大江ってこういう奴なの…。……あ、そうなの。うん、わかった」
「中身、出した方が軽くなる」
「面倒だから、根性で持ちましょう。大江もガン飛ばしてないで、背板の方に重心掛けるから気をつけてな」

見目の差配の下、大家が帰ってくる夕方まで隠蔽工作は延々と続けられた。
事情聴取と反省会で林の双子がつるし上げを喰うのは、その三日後のことである。





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