(3)




「…………」
「なあ、これ、穴だよな」

工太郎はずっと確かめたかったことを、一音一音、確かめるように言った。

「これ、穴だよな」
「穴ですね…」と、呆然とした皆川が答える。「大穴だ」
「―――どうして部屋がもう一個見えるんだろ。つうか、俺の目が正常ならリンカンとリンシューの部屋が貫通で見えるような気がするのだが、その件に関してはどう思う黒澤」
「はい」と黒澤。「同じものが見えます」彼は相変わらず淡々としている。
「……これ、どうすんだ…?」

大きな目をさらにまんまるにして、斎藤が壁に近付いた。「えい」と小さい掛け声のもと、ポスターを全て取り去ってしまう。くるくると大判の紙を丸めながら横目で彼が見る先は、黒澤が同意したように、工太郎の隣、林周、その先の林環の部屋が見通せる大きな穴が空いていた。

「もうこの時点で誰がやったか明々白々だな」と唸る。「いや、実際ポスターが貼ってあった時から俺は気付いていた…。誰の仕業で、可愛い悪戯で済まされる話じゃなく、大概俺が巻き込まれる展開になるっつうことをだ!!」

絶叫する工太郎を(工太郎自身はちっとも気付いていなかったものの)、憐れみの目で眺めやった皆川が言う。

「なー、斗与、備、これって…あの林コンビの仕業なん」
「多分」
「十中八九、リンカン先輩とリンシュー先輩がやったんだと思う。あーあー、自分の部屋まで穴空けちゃって、どうすんだろう」
「――――本当だ、どうするんだろうな」
「!」

すぐ耳の傍で落ち着いた声して、びく、と小さな肩が震えた。斎藤がこわごわ、といった風に首を捻った先には、爽やかに微笑む2年生が立っていた。

「……見目…」
「帰ってきたら、やたらと静かだから吃驚しましたよ」
「マリー・セレストみたいに?」と皆川。ショックから立ち直ったらしい。
「マリー…?何?」

不思議そうに問い返す見目へ、工太郎は首を横へ振ってみせた。

「そういう消失事件が昔あったんだよ。ああ、消えられるもんなら俺も消えたい…」
「まあまあ、そう悲観しないでください、東明さん。事情は……、一目瞭然というか…何というか…」

見目は言い、三つの部屋を繋ぐ穴を興味深そうに眺めた。壁に寄っていって、崩れた縁を撫でさえしている。引き締まった上半身が一瞬消え、やがてゆったりと戻った。

「木も壁材も木っ端微塵だ。元々そんなに分厚い壁じゃないけれど、よく頑張ったもんだな」
「いつ空けたんだろ」と斎藤。
「三百六十五日喧しいからな、今更少しくらい煩くても気にしないよな…」独り言のように呟いてから、今度ははっきりと続けた。
「東明さん、今週実家だったから。大方そのときじゃないか」
「感心してる場合か、見目。これがおばさんにばれたら、俺は時を待たずして強制退去だ。…あの大馬鹿林どもと一蓮托生だなんてぞっとしねえ」
「あ、」
「斎藤?」

見守る黒澤を前に、まず、薄い通信販売の梱包物(新しい参考書だ)を工太郎に渡し、斎藤は眉にしっかりと皺を寄せた。少し躊躇う素振りを見せてから、見上げる顔には困惑の翳がさしていた。

「ユキも、その、一緒に帰ってきてて」
「あ、大江か。…うん、それで?」

迷子の言い分を聞くように、見目が腰を曲げて目線を合わせていた。皆川がふと、振り返り、硬直する。茶色の髪の隅々までが動揺した獣のように逆立っている風があって、工太郎も似た面持ちで戸口を見遣った。

「洗濯物取り込んでから、勉強する約束してたから…」
「君を捜して家じゅう、うろついちゃった」

全員が一斉にそちらを向く。
背丈の高い、癖のある金茶の髪を持つ少年が開きっぱなしの扉に支えるようにして立っていた。しっかりと浮かべられた笑顔が、怖い。

「で、その穴について説明して貰えますか、……東明さん」

大家の孫は、否やを赦さない声音で、言った。






- 4 -


[*前] | [次#]

短編一覧

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -