(8)





黒澤はポケットからipodを取り出して聞き始めた。テーブルの端に置いてあった薄いペーパーバックを捲っては目で文字を追う。出て行っても良いが、この部屋の日当たりはそう悪くない。大江の家のどこも、彼にとってはやさしい場所だ。

斎藤は淹れて貰ったお茶を舐めつつ呟いている。温かな水面を見下ろす淡褐色の双眸は、懐疑的な色を浮かべていた。

「頼まれたら自己判断って、断りきれんのか…それ…」

何せ相手は林の双子、1人相手にするだけでも手に余る。現に今日も起こしに行ったら押し倒されるわ、服をひん剥かれるわ、すりすりと懐かれるわ。酷い目に遭った。

「斗与のとこに来たら僕が追い返すから!」
「いや、自分で何とかするように努力する…」
「そうだ、林先輩ー」

思い出したように声を掛けたのは皆川。ひょい、と未だに正座し続ける林の前へ移動した。

「はい、なんぞー」
「おい皆川…」
「あ、斗与ちょっとこっち来て」
「?」

手招きに従って湯飲みを持ったままやってきた斎藤を、眼鏡の少年はテーブルへ掛けさせた。立ちっぱなしだった隣の東明は何事か、とつられて腰を下ろしている。

「イラっと来たら頭を撫でると落ち着きます」

自らも小さな頭を撫でくり回す。斎藤の眉根がぴんと跳ね上がった。

「はあ?」
「ちょっと皆川君…」
「じゃ、大江も隣に来た来た。イラっときたらお前も斗与の頭を撫でるがよろしい」
「あ、そういうことなら」
「こら、ユキ」

長い脚を素早く動かし、大江も斎藤の隣に掛けた。見事に挟まれて動けなくなる斎藤。皆川は密かにテーブルの耐久力を案じたが、素知らぬ顔で林に聞いた。

「あの壁の穴、どうやって空けたんですか」
「え、アレ?釘バット」

事も無げな返事に鸚鵡返しに問うてしまう。

「釘バ…、え…?」
「だから、釘バット。最初はスイングしてたら、うっかり壁にぶつかってさー」
「前、なんかの漫画で見たんだよな、壁にドアついてんの。思い出して拡張ですわ」
「釘バットなんてどこから仕入れて…」
「え、ガッコの不良のひと」
「いつも溜まってるとこにあったから貰って来ちゃった」
「えー…それちょっとマズいんじゃないんすか」
「だいじょぶだいじょぶ」
「ばれてないばれてない」
「キレテナーイ」
「それ古―い」

双子は唱和している。そんなもんかな、と皆川は首を傾げた。そもそも不良だのヤンキーだのとはあまり縁がないし、そのような人種は近頃とみに減少、もしくは居住地を狭く密集させている、らしい。尤も東京から離れたこの街においては、話が違うのかもしれない。

「緑陽館、不良なんているんだ…」と斎藤。声に逢いたそうな響きがある。彼は何故か東明と大江と手を繋いでいる。色々な意味で複雑そうな顔。
「それっぽいひとが約1名ほど」
「壁って結構簡単に穴空くんだぜ。今度とよとよやミナもやってみるがよし」
「…やったら追い出すからね、皆川君」
「さっき追い出されたりはしない、って言ってたじゃねーの、大江よー」

むくれた素振りをしてみせたものの、やるつもりは端からなかった皆川は「ふーん」と相槌を打つに止めた。気になるのは壁の安普請さより、穴を空けた道具の方だ。
釘バット、見れるものならちょっと見てみたい。斎藤では無いが、興味が無いと言ったら嘘になる。金髪ツンツン頭の某大作RPG主人公のように、剣代わりに振り回してみたいとは思わないけれども。

釘バットに思いを馳せている皆川を置いて、林の片割れが「トーメイさん」と東明に声を掛けた。呼ばれた当人は迷惑顔。



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