(6)



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「説明して貰いましょうか」

夜中の12時を回った頃、草一が下宿の窓を投石で割りかねない勢いでやってきた。うっすらと浮かべられた笑みが恐ろしい。常態でも怒っていても、春風駘蕩とした雰囲気の抜けない親友を、雄策は尊敬していたし、好ましく思っていた。どんな無茶をしても大抵は苦笑と共に流してくれていたが、今回ばかりは勝手が違う様子だ。
いずれ来る筈、いや戻ってきてくれないと困る、と思い、雄策は彼の訪いを待っていた。やむを得ず引き合わせたが、真実、親友を犠牲にするつもりはない。

「……妙見本人から、聞かなかったのか」
「聞いたよ。とんでもない電波話なら」

下宿に隣り合う神社の境内で、石段に腰を下ろす。橙色の灯りに照らされた草一は、素晴らしく面やつれているものの、ぱっと見、疵らしきものは見あたらなかった。乱暴狼藉は駄目、ゼッタイ、と言い含めていたのが少しは効いたらしい。無理矢理事に及んだ挙げ句、妙見が蛇蝎の如く嫌われでもしたら、その後の展開がどうなるか、分かったものじゃない。

「世界の終わりって何。最近流行のセカイ系って奴」

それなりのトラウマは負ったらしく、草一はしきりと口脣を擦っている。白い首元に圧迫された、桜色の痕を見つけ、雄策は礼儀正しく目を逸らした。柔らかなニットはよれて、シャツの襟もはだけている。狼藉、とまでは行かずともそれなりに無体は働かれてしまった模様だ。

「あれ、電波じゃなくてマジ話」
「はあ?」
「草一、お前さ、『精神と時の部屋』みたいなとこに連れてかれただろ」
「……………」たっぷり黙った後、草一はこっくりと頷いた。「……うん」

七つの玉で龍を召還、願い事は三回まで、だったっけ、と現実逃避をし始めているので、名前を呼んで正気に戻した。彼におかしくなられては困るのだ。

「あれ、次の世界予定地らしいぜ」
「…………」
「そんでもって、あいつ、破壊専門の神様なんだと」
「…それ、なに」
「だから、そのまんまだっつうの。あいつの言った通りなんだよ…」


―――実は、僕、破壊神なんですよ。


白い世界で聞かされた、それ、どんな電波?と突っ込みたくなるような言葉を、草一は思い出していた。


『僕が許す限り、この世界は存続します。でも、壊したい、とか無くなってしまえ、とか思ったら、いつでもサラ地に出来るんです。そのあとのこと?…知りません。でも、ねえ、ちょっと凄いでしょ?』


テストで百点取りました、みたいな口調で言われて絶句。
お前、大分頭おかしいだろ、と言ってやりたかったが、目を凝らしても果ての見えない漂白された景色において、何を言えば事を正せるのか検討も付かなかった。

「因みにオレは、お前のことであいつをからかって、あそこに一日放り込まれたからな」

土下座をして地面に頭を擦りつけて、済みませんもうしません、と謝った末、ようやく出して貰えたらしい。
高校入学1年目にして、この辺りに居た不良集団を軒並み潰して回った男の末路がこれか。親友ながら、ほとほと情けなくなった。

「……俺にどうしろって言うの」
「取りあえず、あいつが人生やり直したくなるような事だけは言わないでやってくれ」
「恋人にはなれません、とか」
「……」
「僕は雄策が好きです、とか」
「おい!殺す気か!」
「俺がお前を殺してやりたい」

淡々と返すと、今日何度目かの「悪かった」を聞かされた。パーマの掛かった頭をぐしゃぐしゃと引っかき回すものだから、爆発物でも突っ込んだような頭になってしまっている。ざまをみろ、と草一は思った。

「…まあ、そこまで悪い奴じゃないからさ…長い目で見てやってくれよ…」
「そういう問題じゃないだろ。俺はどうなるの、俺は」
「大変申し訳ないが、あいつはお前のこと大好きみたたいなんだ。お前に執着している間は世の中平和だ」
「えー!」
「頼むよ草一、この通りだから、たえと付き合ってやってくれ!お願いします!今度なんか奢る!」
「奢られて済むような話か馬鹿野郎!!ちょっとそこに座りなさい!」

平手を打ち合わせて頭を下げる親友に、堪らずがみがみと雷を落とした。狭い石段の間に土下座までさせた(別に妙見が羨ましかったわけじゃない)。
近所迷惑甚だしいが、雄策に当たり散らしている間は、少しは気が紛れた。


『あなたを見て、あなたを好きになって、この世界に生まれてほんとうに良かったって、初めて思えたんです』
『僕がもう絶望しないように、ずっと、ずうっと手を繋いでいてください』

あんな馬鹿げた話、誰が認めるか。目の錯覚か、集団催眠か、マジックの類に決まっている。寝て起きたら、きっと全てが夢で終わってくれる筈。


(どれだけの重荷なのだろうか、可哀想に、と同情する訳もない。
美形の癖に残念な電波を発する彼を、信じた訳じゃない。
その、筈なのに。)


何で出来ているのか分からない、固い地面に押し倒されて、手を手で縫い止められて。壊れたように告白を繰り返されて、きっと自分も頭がどうにかなっていたのだ。
滑らかな頬を腫らせ、目に涙を浮かべて笑う、平生はそんな姿を曝す人間じゃないのだろう。ぼんやりとした思考でも察することはできた。

『…あいしてます、にたとりさん』


自分の身可愛さ?
勢いに負けて絆された?
ちょっと大丈夫かなこいつ、寂しいと死んじゃうふりする兎さんか?

(「…ちがう、自称、神様だった…」)

とにかく、彼に思わず頷いてしまったことは永遠の、秘密だ。


【END & Hello,New World!】



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