(5)





「…え?」



辺り一面が真っ白になっている。何もない。一面の、白い世界。
冷蔵庫もダイニングテーブルも、寄りかかっていた筈の流し場も消失している。そもそもドアや、部屋―――家それ自体がない。
草一は相変わらず抱きしめられていて、ようやっと身動ぐと、見下ろしてくる甘く溶解した表情に出遭った。妙見は心底嬉しそうに微笑み、囲う力をさらに強くした。整った顔立ちがするすると近付いてくる。アーモンド形の双眸に、驚愕を通り越して自失寸前の自分が映し出されている。
柔らかくて、生温いものが口脣に触れた、と思った瞬間、

「…っ」
「――…は、っ」

顔の全面を舐め尽くすように、口脣が接したところから食い荒らされた。引きはがそうとしても、肩胛骨と腰をしっかりと押さえつけられて、相手の肩をばしばしと叩くくらいが限界だった。細身の外見に比較して、妙見の力は万力のように強い。掌で背中を撫で上げられた後(鳥肌が起った)、首根を固定された。上体を傾けられる―――最悪だ。

「ふ、…ぅ」

放せ、ファーストキスは好きな女の子とする、って決めてたんだけど。
今時そんなこと恥ずかしすぎて決意すらしねえし、と小津に揶揄された決意も、がぶがぶと囓られていくような感じがする。
キスだ、と認識したかしないかの内に、妙見の舌が口腔を侵していく。内側をべろべろと舐められ、歯列までなぞられ、喉奥に逃がした舌まで絡められた。息苦しさのあまり涙目で視界がぼわぼわと膨れる。

「ふ…ぁっ」
「は…。…ふふ、可愛い…にたとりさん…」


何処かに頭を打ち付けてきたんじゃないか、としか思えない発言の所為で、混乱に拍車が掛かる。濡れたシャツにブレザーの生地がごわごわと擦れて気持ち悪い。お互いシャツを着込んだ部分など、薄い布の膜から、高騰する自分の体温が相手に伝わりそうで厭だった。

目を閉じる暇も正気も無くひたすらに瞬きを繰り返す草一を、愛おしそうに、こちらも瞳を開けたまま散散にキスは続く。

「――――やっと、2人きりになれた」

上がる息に負けて、狼藉者の肩に手を引っかけてようやくに立つざまが厭わしかった。だが、そんなことは眼前の現実に比べれば些細な事なのかもしれない。
中天に輝く恒星のひかり、恐ろしいほどに青く晴れた空、ずっと先に見える地平線。大地は塩の色をして、平らかに広がっている。

彼の言うとおり、そこには草一と妙見の2人しか、居なかった。







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