(2)



約束の日。
何を着たらいいものか、と迷ったが、取りあえずカッターシャツとジーンズ、鶯色のカーディガン、なんて検討の成果も見あたらない服装になってしまった。両親は予定通り、ゼミ合宿と学会で外泊している。冬の夜に沈んだ似鳥家は、柱時計の運動音と、草一が立ち働く音の他は静かなものだった。
紅茶と菓子を用意し、部屋を暖め、ソファやローテーブルの位置をちょこちょこと直す。

「……幾らなんでも挙動不審すぎるだろ」

まるで子どものお見合い相手を迎える母親のようだ。
親の仕事柄、編集者や大学の関係者の来訪は多く、客の応対には慣れている。けれど、こんな様が女子に受けが良いとは思えず、つい苦笑いが出た。

幼少のころから、「優しい」「いい人」「お兄ちゃんみたい」と言われ続けて16年、中々一朝一夕で何とかできるものじゃないと分かっている。草一の目の前に現れる少女たちは、大概が、隣に居る雄策に頬を染めるのだ。雄策だとて外形がそこまで良い、という訳ではないから、彼のアレは人徳なのだろう。


腕を頭の上で捻り上げ伸びをしていると、チャイムが鳴った。時計を見上げると黒金の針が示す時間は9時ちょうどだった。
珍しさに草一はきょとんとしてしまう。
1時間くらいの遅刻、雄策はざらにしでかす。今日もきっと9時半とか、10時とかにやってくるものと思っていたのだが。
それとも親が何か荷物でも送ったのだろうか?

「はーい?」

襟足が気になり始めた後頭部を掻き遣りつつ、玄関に向かった。解錠し、引き戸を開けると立っていたのは―――小津雄策そのひとだった。

濃緑色のブレザーのボタンを全て落とし、シャツの襟もぐだぐだ、とどめにスラックスの裾が地べたへキスをしている状態の、――――要するにいつも通りの親友の後ろ。


「あー…、こいつが、ヤマノイ、ミョウケン。で、この後ろの眼鏡がナンガイ、マコト」



灰色のような、枯草色のような、乾いた色合いの長髪を持つ少年と、眼鏡を掛けた黒髪の少年が立っていた。





男が3人も詰め込めば、古い似鳥の家でも玄関は手狭になってしまう。上がりかまちで出迎えた草一は、緊張でぎこちなくなっていた笑みを別の意味で凍らせながら、これまた、突っ立っていた。
うん、どう見ても、二人とも男だ。まさか大穴で雄策が女だった、なんてことはないだろう。仮にそうなったら間違いなくこの場で吐く。絶対に吐く。

「紹介してえ、っつか、紹介しろって言われたのはこいつね。ヤマノイの方」

何となく察しているのか、ばつが悪そうに雄策も喋っていた。

「おい、”たえ”。―――こいつで、間違いないだろ」

たえ、と呼ばれた長髪の少年は、男の目から見ても端正な顔立ちをしていた。
少し狐に似ている、貴族的な容貌だった。細めの眉、吊った双眸、やわらかに弧を縁取る睫毛、薄い口脣。きちんと着込んだ黒いブレザーから覗く膚も、なめらかな印象がある。黒檀の深い色味で織られた日夏学園特進科のジャケット。赤い、タイ。

(「…一級下だ」)

「はい、間違いありません」

声は硬質の、年相応の低さだった。今更確認するまでもないが、やはり男だ。
靴箱にしなだれかかりそうになりつつ、草一は自らを叱咤する。雄策を締め上げるのは客が帰った後にしよう。取りあえず、今はお茶を出してもてなさなければ。話があるのなら聴いたほうがいいだろう。
散らかっていますが、どうぞ、とテンプレートな台詞を口にしながら、三人に背を向け―――腕を、取られた。振り返ると、そこにはとんでもないものがあった。

気恥ずかしそうに頬を赤らめて微笑む、ヤマノイ少年である。

「…ええと…?」

首を傾げて彼の顔を覗き込む。酷く顔が紅潮して、ともすると冷徹な印象の勝る目つきが熱っぽく潤んでいる。
見たところ恥じ入っているだけのような気がするが、何処か不調でもあるのだろうか?
もっとよく確認しようと、俯きがちな彼に視線を合わせるように、腰を折った。雄策が何故か「あーあ」と呟いている。なにが、聞き返そうとしたら、片腕のみならず、両腕を―――いや、両手をしっかりと、握られた。ぎょっとして相手を見る。さらさらと肩口まで伸びる髪を揺らして、はにかむ男が居た。引き寄せられ、上半身が崩れかける。

「似鳥草一さん、貴方が好きです」
「………はい?」

何の冗談か幻聴か、と突っ込む間もない。

「貴方が好きです。あいしています。…僕のこいびとになってください」

……最早、笑うしかなかった。




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