ハロー、ニューワールド
「お前に紹介したいやつがいるんだけれど」
こう言われたら、大多数の男子高校生は「相手は女子だ」って思うんじゃないかな、と、似鳥 草一は思う。
少なくとも自分は、そうだった。
紹介したい、と申し出てきた人物は、中学校来の親友であり、他校に通う同学年だ。
きっとそいつと同じ緑陽館高校の生徒で、何かのきっかけで草一を見掛けた女子が、これまた何かのきっかけでもって親友―――雄策と自分が友人同士だと知り、つてを頼って声を掛けたのではないか、と。
(「……世の中、そんな都合良くはいかない、か」)
困惑と落胆をない交ぜにして草一は苦笑する。
自分の通う高校は男子校で、およそ異性と付き合う機会がない。
同じ敷地内に立つ普通科は共学で、そちらに出向けば女子は居るものの、揃って参加する行事は限られていて、気付けば周りは男の園だ。
遂には勢い余ってか、元々の性的嗜好か、男同士でカップル成立、なんて連中も居て、青春の前途はどうして、暗い。そこからようやく脱却できると思ったのに。
似鳥草一の親友、小津雄策、という男は、時間にルーズ、異性交遊もルーズ、学校の出席も前に同じくで、長所と言ったら人懐っこく付き合いが良く、喧嘩に強いこと、くらい。勉強だってやれば出来る癖に、今ひとつ真面目に取り組んだ試しがない。
全体的にやる気のない、日がな眠そうにしている顔は本人曰く生まれつきでどうにもならないとのことだ。垂れた目蓋の奥、時折鋭い光を見せるそこを細めつつ「悪ぃな」と言われると、草一はいつも反射的に微苦笑を浮かべてしまう。今度は一体何をしたのかな、なんて考えながら。
2人は中学校の頃からそんな関係だ。
草一とその相手とを引き合わせたい、という申し出に一も二もなく返事をすると、いつになく雄策は話を詰め始めた。―――これが第一の凶兆とどうして気付かなかったか。
「そっちに、俺、行こうか?」
「あっと、うちはなあ…」と彼。
下宿生である雄策の部屋は、人を呼ぶには適していない、と言う。
ならば何処か店で、と提案すれば、目立つのでお前の家がいいのだ、と返される。はて、何が目立つのやらと首を傾げながらも、両親が家を空ける日を知らせた。
父は昆虫の研究に没頭、母は教育学の若手研究者として日本中を回っている。草一が一人で留守居をする機会など、容易にあった。
「じゃあ、夜の9時くらいに行くから」
「ん、わかった」
何だか時間が遅いけれど大丈夫だろうか、相手の女の子の親は心配したりはしないのだろうか。受話器を置きつつも、目はカレンダーの日付を数え始めていた。
一体、どんな子だろう。
別に彼氏彼女じゃなくてもいいから、普通の友人になれればいい。勿論、お互いいい関係になれたら重畳だけれど。
その後、しばらくの草一は周囲から随分とからかわれた。何かいいことあったか、とか、おめでたか(これは用法としては誤りだ)、とか。それほどに自分は浮かれていたらしい。情けない。
何も知らないということは、時に、全くの幸せだと思う。親によれば『恋愛は交通事故のようなもの』らしいが、それにも心より同意する。事の後になってしみじみとそう感じている。
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