溺れる藁(3)



委員会も無く、隣に歩く友人も居ない。
久々となった一人の帰途に、ふと思い立って寄り道をすることにした。

今日も雨だ。
梅雨って六月だけ、ってイメージがあるけれども、実際は七月まで引っ張るもんなんだよな。ビニール傘が多い損ねた肘の部分に垂れる滴を見ながら、そんなことを考える。
貧乏暇なし、とよく言うが、俺の場合、暇だけはあって金がない。カラオケだのゲーセンだの、買い物だのに割ける金は皆無、学校帰りの寄り道だって、そんな色気のある場所じゃない。
校門を出て、橋を渡り、大江家に帰る緩やかな坂道を下っていく。ものの数分で下宿に繋がる獣道に到達する。しかし、今日はさらに進んだ。
左手に目当てのものが段々と見えてきた――――川へ降りるための石段だ。

川ってのは大抵海に繋がっているものだが、下宿の裏手に流れているこの川は、位置的にも河口に近くて、水の流れに沿って二十分ほど歩けば港へ、海へと着くことができる。
海は俺の貴重な息抜き場所だ。ひたすらに広がる海は日によって表情が違う。それを座って眺めているだけで何も考えないで時間が過ぎていく。ユキはそんな俺を爺臭いと笑うのだけれども。
もう一つのぼんやりポイントはこの川の際だった。河川敷、ってほど整備された代物じゃない、ただの河原だ。セイタカアワダチソウとか、ガマとかがうじゃうじゃと群生していて、俺の背を遙かに超すほど成長している。昔と、変わらない景色に自然と微笑んでしまう。
雨が傘をばたばたと叩くのも構わずに、石段を下りていく。その動きに合わせて背中と傘とにぶつかるスクールバッグが邪魔くさい。一回部屋に戻って置いてきても良かったかもしれない。まあ、今更帰る気もしないので、このまま行くか。


そうこうしている内に河原へ到着した。いつもは透き通り、川の底まで見えるところが、今は雨水を吸って抹茶みたいな緑色に変じている。石段を下りたすぐ正面のところには、流れを緩くするための小さな堤があるが、それも積み上げられた石の目が分からないくらい、流れに押し負けている。
当たり前に水嵩が増えている眺めに、しかし、恐怖感は無かった。むしろ靴と靴下脱いで足首まで水を浸したい。そうすれば、こんがらがった考えが少しはまとまるような気がする。欲求に促されるように、荷物を放り出し、靴下を手早くまるめて靴へと突っ込む。どうせ洗濯するんだから、濡れたってかまやしない。尖った河原の石を注意深く避けながら、ずんずんと川へ入っていく。



最近は夢見が悪いというか、寝覚めが悪いというべきなのか、とにかく昔のことに引きずられた夢をしばしば見ているように思う。5年ぶりに戻ってきた土地だから、睡眠中まで何かと思い出しがちになるのかもしれない。そこまで郷土愛に溢れたタイプじゃない筈なんだけどなあ。
今朝見た夢だって、そうだ。
もう、記憶は随分あやふやになりつつあるが、あれは多分―――ユキに関係する夢だった。途中から脚本と配役がぐちゃぐちゃに絡まっている。過去と、現在。それから幻想。



お袋が入院していた折、俺はよく大江のばあちゃんの家に預けられていた。
昔、うちが住んでいた家よりも病院に近かったし、親父が仕事の時、ばあちゃんが面倒を見てくれるから。そんな風にして、俺とユキの家は家族ぐるみで付き合っていた。

ばあちゃんには下宿の仕事があったから、ひとりの時はよくこの河原で遊んでいた。厭なことがあった時も、さやさやと流れる冷たい水と、石の壁の向こうにある竹林と、古いラジオのようなぼやけた音で聞こえてくる、運動部の掛け声、そんな静かなもので構成された世界に居ると不思議と心が落ち着いた。
ユキや、他の友人が居ない時だって、寂しくなかった。むしろそういう日、特に、今日みたいに雨が降っている日を、何処か心待ちにしていたように思う。




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