溺れる藁(2)



【斗与】


昼休みは新蒔を連れ、屋上の手前にある、階段の踊り場で飯を喰った。弁当の味はまさに砂を噛むようで、献立が何であったかもうまく思い出せないほどだった。ばあちゃんに心の中で詫びを入れつつ、それでも食べた。
「喧嘩をした」の一言で納得したらしい新蒔は連れ出されたことに文句も言わず、相変わらずくだらないことをほざきながら飯を食っていた。こういう時、こいつの空気読まない感じが助かるってことを初めて知った。俺とユキとは時々言い合いをしたりもするけれど、口もきかないようなレベルの喧嘩はそうそう、しない。
思い出されるのは餓鬼の頃の一回だけ。しかもあれは喧嘩ってのと若干方向性が違う気がする。ユキによる一方的な不意打ち及び、俺が精神安定の為に距離を取っただけだ。

『大江のこといつまでシカトすんの』
『別に無視してる訳じゃない。必要なことは喋る』

物理的に埋まった胃にむなしさを覚えつつ、ひんやりとよく冷えた階段の壁に背中を付ける。新蒔は携帯を弄くりながら、大して興味も無さそうな声で訊いてきた。

『あいつストレスで禿げちゃうかもよ?タダでさえ毛染めてんだからバサバサじゃ〜ん』

それならお前だって似たようなもんじゃねえの。しかも髪留め?カチューシャっていうんだっけ?前髪の根元から遠慮無く、ぐあっと上げてんじゃんか。
まあ新蒔の毛の具合なんて俺にとってはどうでもいいし、ユキだって昼休み終わったらつるっと禿げてる訳ないんだから、これまたどうでもいい。

『まあオレはサイトーにシカトされて凹んでるアイツを見るの、楽しいからいいけどさあうぇへへへ』

おいおい。新蒔は下品な笑い声をあげながら、携帯をこちらへ突きつけてきた。ぴれぽろりん、と電子音。と同時にフラッシュ。眩しさにしかめっ面を作ると、奴はボタンを素早く押した。

『送信、っと』
『……?なに』
『大江がさあ、「今どこにいるか1分以内に返信しないと殴る」って送ってきたからサイトーの写メつきで送っといたわ!感謝しとけ!』
『いやそこ、感謝するのは俺じゃなくてユキ…』

弁当を空にした後は、ぼんやりと今日見た夢のことを反芻したり、バイト先に似鳥先生が登場して脳味噌漂白の思いを味わった新蒔の武勇伝を聞いたりして、時間を潰した。誠に申し訳ないが、話の半分以上は聞き流していた。
あまり有意義とは言えない昼休みを潰した後、教室に戻ったところ、新蒔は待ち構えていた幼馴染みに速攻連行されてあれこれと吊るし上げられていた。多分、俺が何か言っていたか、とか変なことしなかったろうな、とか、その類の話だろうと思う。
…ユキのやつ、ちっとも分かってねえな、あの様子だと。予測の範囲だが、少し切ない。

ほどなくしてチャイムが鳴り、午後の授業が始まった。ユキの視線は痛いほど感じていたけれど、掛けるべき言葉は無い。自分で少しは考えろこの馬鹿。
子どもっぽい意地の張り方かもしれなかった。でも、一度振り上げた拳は中々降ろせそうにない。教室の隣の席で沈んだ空気を振りまくユキを横目で見つつ、俺はひっそりと溜息を漏らした。




「あの、斗与…」
「なに」

ホームルームが終わり、新蒔が風のように帰った後で、狙い澄ましたタイミングで名前を呼ばれた。鞄を持って隣を見れば、力なく肩を落としたユキの姿があった。
帰り支度や部活の準備をしているクラスメイトの中には、興味津々、と言った様子で俺たちを見ている人間も居る。ユキは基本的にいつもにこにこしているので、そんな奴が一日中頭に暗雲を乗っけていれば、厭でも目立ってしまう。痴話喧嘩扱いされるのは全く以て不本意だが、クラスメイトに分かり易くアピールしてしまっているのも事実だ。悩ましい。

「えっとね、良かったら、その…」
「お前、今日部活の日なんじゃないの」
「う、うん」

溜息―――を吐きかけて、止めた。溜息って、時として言葉以上にひとを傷付けるものだと思うから。きっと睨み上げると、短い金茶の眉を八の字に下げた馬鹿が突っ立っている。もう少ししゃきっとしろっての。でかいやつが萎れてると余計にうざいわ。

「じゃあ部活、行けよ。俺は帰るから」
「……」
「帰ったら居るんだから、話はそれからでも出来るだろ。尤も―――」

視線を逸らす。ずっと見上げていると、首が痛くなる。糞。

「…単に『ごめん』って言いたいだけなら、こっちに話すことはないから、そのつもりで」
「斗与」
「自分が何に謝るべきなのか、はっきり分かったら連絡しろ。俺の部屋でもお前の部屋でも、何処でも行くから」

スクールバッグを肩に引っかけて、横を通る間際に尻をばし、と叩いて遣った。びく、と長身が揺れる。大概びびりすぎ。

「…斗与っ!」
「約束」
「―――……っ」

音すら拾えるほど、ユキは喉を詰まらせた。切れ長の目がぱちぱちと瞬きを繰り返して――何だか今にも泣きそうなツラだ。ああ、見てると「仕方ねえな」と言ってしまいそうになる。何でも、赦してしまいそうになる。
でも、それじゃあ駄目なんだ。
未だ足首に絡みつくような好奇の視線を振り切りながら、教室を後にする。開けっ放しになっていたドア越しに背後を確認すると、幼馴染みの周りに女子が群がっていた。家に帰る前に、まずはここから脱出しなくちゃな、頑張れユキ。





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