安息日の終わり(3)



言われた瞬間、かっと目の前が焼けるように白くなった。それなのに、指先だけが変に冷たい。血の気が失われていく。
ほんの少し前に、女の声で紡がれた科白だった。芋蔓式に忘れたい情景がずるずる引きずり出される。

『不感症』
『斎藤君は私のこと好きじゃないの?』
『だから何も感じないんでしょ』
『…無理されても、ちっとも嬉しくない』

ちがう、ちがう。自分でもどうにもならなかった。
あなたのことは好きだった。
もしかしたら俺はどこか、真剣にどこかが人として壊れているのかもしれない。その意味においては、確かに傷付けてしまった、彼女を。

理不尽だ、との思いに憤った記憶が、これまた甦った罪悪感で一気に凍りついていく。

(「……だめだ」)

喉元まで出かかった罵声も、握った拳もイメージの氷に沈んでいく。
騒いだら墓穴だ。しかもこんな所で俺が喰って掛かったら、あいつを巻き込んで説教沙汰になる。それだけは避けなくては、と思いつつ視界の端に捉えたユキは相変わらずの心配顔だ。
――心配、だけで済んでいる。会話が聞こえていないからだろう。


それで完全に落ち着きが戻った。表情を打ち消して、努めて淡々と言った。

「…意味わからん」
「あ、図星?じゃあの話ってマジだったんだあ」

男ならしゃきっと喋れ、と言いたくなるくらいの浮わついた話し方で彼は言う。

「僕の姉さんはね、青絅女子の吹奏楽部なんだ。そこで君の話を聞いたらしいよ。――鹿生さんの別れた彼氏って、君なんでしょ。…だからしらは切れないよ、斎藤君」
「…………」

青女、鹿生みちる、吹奏のカノオ。

「…俺になんのよう」

無視をする素振りを無くした俺が正面に立つと、満足そうに笑った。声もそうだが、顔もやけに小綺麗な美少年は、高そうな腕時計を目線に翳し、――その手で俺の手首を掴んだ。
何なんだ。

「離せ、」
「大きな声で皆にばらされたいの?」

不感症、と繰り返す。人の名前を勘違いしてるわけじゃなかろうな。フカン、ショウとか…普通に無いわ、そんなの。
強盗まがいの嚇し文句に怒りを通り越して呆れる。

「…言えば。公衆の面前でそんな阿呆なこと言える神経なら好きにするといい」

言わないだろうと嵩をくくっている訳だが、ぶちまけられたらどうしような、俺。ついでに離せとばかりに手首を少し引いたけれど、意外な力強さでしっかり抑えられてしまう。
特進科はぱっと目を見開いた後、顔をしかめた。全ての普通科は自分に従うべきだとか、おめでたい思考の持ち主だったら、どうしよう。

――うう、それは俺の力ではどうにもならん気がする。

「…いいから、ちょっと付き合って。すぐに終わるしメリットもある」

そのまま押し問答になだれ込むかと思いきや、物凄く厭そうに、しかし僅かに下手な態度を見せて、そいつは俺を廊下に連れ出そうとする。がたん、と椅子が擦れる音に振り向いた。
しまった、いきなり手なんて掴まれた所為で一瞬忘れてた。







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