安息日の終わり(1)



【斗与】


「おーい、とよぉ」


穏やかな昼休み、さぁ弁当食うぞ、といそいそ鞄から包みを取り出していた時だった。
呼ぶ声に顔をあげると、ドアの脇に立つクラスメイトがちょいちょいと手招きしている。そいつの後ろには小柄な人影が控えていた。

「…特進科。知り合い?斗与」

並べた机の隣、俺を見下ろしてひっそり問うて来るのは大江由旗。幼なじみ兼大家は極度の心配性で、今もその性格を遺憾なく発揮して不審気な眼差しを出入口に送っている。

「特進の知り合いなんて…黒澤しかいねぇし。ちょっと行ってくるから先メシ食ってて」

同じ家に住む店子の名前を口にすると、真一文字に結ばれた唇が一瞬緩み、またぎゅっと引き締められた。ああ、次の台詞が予想出来る面構えをしている。

「僕も…」
「座ってろ、立つな、弁当開けて先に食え」

そこで息継ぎ。

「ひとりで大丈夫だから」

ご不満そうに頬を膨らませ唇を尖らせて見せたところで、でかい図体が何をしてもキモいだけだと早く自覚しろ。可及的速やかな善処を求めるぞ俺は。

何せ由旗――ユキは190センチのキリン身長に、体育会系に申し訳ないくらいのきっちり筋肉の持ち主なのだ。着痩せするタイプだから分かりにくいし、筋肉質とは言え薄くはあるけれど、持て余すような長い手足は俺からすれば羨ましくて仕方がない。
面だって悪くない、鼻筋は徹っているし、刃で切り裂いたようなつり目に薄い口脣は黙っていれば大した男前だ。
全てが「可愛らしい」という表現の対極にあるというのに、中身は何やら外見を裏切る感じに落ち着きつつある。
自分のことは僕、趣味は天体観測と洗濯、尊敬する人は祖母。止めてくれと頼むまで、俺のことをちゃん付けで呼ぶ始末で、実に残念至極な成長ぶりだ。面白いから良いと言えば、良い、けれども。

変化らしい変化は、高校入学のタイミングで突如として脱色、のち染色した髪の色だ。ユキのばあちゃんに大不評の金茶の髪は、ゆるい癖がついて耳の下辺りで揺れている。眉毛まで染めやがって、バカみてぇ。折角黒かったのに。

立ち上がった俺は座ったままのユキを最大限の眼力で睨み付けた。30センチの身長差はこうでもしなければ埋まらない。毎回のことながら悔しすぎて腸捻転になりそうだ。
ぎろぎろ睨み付けると、しばらく視線を受け止めた後で何故か頬を染めてふっと横へ顔を逸らした。
ふ、勝った。

「別に大した用事じゃねーだろ。あ、俺の分食ったら許さん」
「…待ってるから」

うん、何か俺が言った台詞の返事とは若干ずれている気がするな!まあいつものことだ、捨ておこう。
こいつは俺が黙って便所に行くだけで卒倒しちまうんじゃなかろうか。
しかしこれ以上言い返していたら貴重な昼休みが終わってしまう。

よく分からないが訪ねてきた特進科にも無駄足を踏ませ、飯も食えず、次の時間の予習も出来ずにジ・エンドなんて有り得ない。特に二番目が大問題だ。
高校1年は男にとって成長期まっただ中の筈である。餌をやらない手はない。ユキはもう育たなくていいけれど。
「今のままのお前が好きなので是非牛乳を飲むのを控えて欲しい」と三分の二は本気、残り冗談で言ったら、次の日から朝飯の牛乳を残していた。それでもって、ばあちゃんに凄い叱られていた。狭量な幼なじみを許してくれ。

念には念を入れて振り返ると、でかい身体を学習机にこごめて、ちんまり座ったユキが恨めしそうにこちらを見ていた。
弁当の蓋を開けたまま、箸に手を伸ばす様子もない。食わないなら蓋閉じろよなあ、埃が入るだろ。




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