安息日の終わり(7)



【斗与】

今日の午後はまことに惨憺たるものだった。昼飯を喰い損ね、5限は欠席、6限は上の空で気が付いたら授業は終了。腹は何となく減っているのだが、食欲がわかない。弁当の中にはユキのばあちゃんが作ってくれた弁当がまるっと残っている。
ばあちゃん(本人を目の前にした時は「おばさん」と呼ぶ)はお残しは許しまへん、なので、弁当は一命を賭してでも空にしなければならん。さもないと帰宅のち死亡だ。人生は闘争なのだ。そして戦中を生き抜いた女性は、俺たちなぞ裸足で鍋釜被って逃げるくらいにお強いのだ。

重いままの弁当箱を手にしたまま、うんうんと考えていたら、俺の身体の全面を影が覆った。見上げれば、額をさらさらと金茶の髪が撫ぜていく。鼻先が触れあうくらいの近さで立ちつくすユキは、一見おとなしめの草食動物を想起させる。馬、とか、やっぱりキリンとか。瞳が黒く沈んで、どことなく精彩を欠いているようにも見えた。

「僕が、食べようか」
「…だと、助かる」
「うん」

ユキは返事をしたきり、黙ってしまった。このシュチュエーションで、落ち込んでます、って顔してこいつが考えそうなこと。

「……別に食ってくれなくても、昼のことなら言うよ」
「え」

途端、ぱあっと明るくなる声と空気と表情に、何とも言えず肩を落とした。
そんなに分かり易くてどうするんだ、ユキ。エセ占い師に誘導尋問された挙げ句、印鑑や羽毛布団を買わされてしまいそうで心配だ。きっと、さっきの現社の時間も延々と悩んでいたんだろうなあ。如何に俺を怒らせずにあの特進科との遣り取りを聞き出そうか、と。

話を長くするとさらに余計なことまでほじくり出されてしまう。こいつは俺を絆すことに掛けては天才的な才能を持っているんだ。例の―――不感症発言、とか、育ちがどうの悪戯がどうのなんて言おうものなら、間違いなく血の雨だ。
正直、あの性根のひん曲がった特進科がどうなろうと知ったこっちゃないが、俺は平和主義者なので出来る限り話は穏便に終わらせたいのである。それでもって、ユキ・ザ・フルスロットルは「平和」の反義語なのである。
部活さぼってまで、口割らせようと画策していたみたいだからな。さっさと地学部へ行かせて、こっちは1人で帰るに限る。
俺はユキに弁当を手渡しながら(部活中に食べるのだろうか、ますます地学部の活動内容がよく分からなくなってきた)、言った。

「さっきの特進科は見目先輩が気になるんだと。で、同じ下宿に住んでる俺に仲立ちを頼みに来たんだ」
「あの封筒は?」
「ラブレターじゃないの、多分」
「…斗与はそういうの、手伝わない方だと思ってたよ」
「あんまり思い詰めてるから、勢いに負けただけ」
「ふうん」あまり納得した風もなく、彼は言う。「――じゃあ、本当の王子様って見目さんなんだ」
「ホントウノオウジサマ?」

ハンカチ王子とかの類似品か何かか、それは。見目先輩は王子っていうか、武士じゃないのか、武士にしてはスタイリッシュだけど。自分で発案しておいてアレだが、スタイリッシュ武士って意味不明だな。

ユキは少し考えているようだった。嘘は吐いてない。妄想と脚色が多分に含まれてはいるが。



- 13 -


[*前] | [次#]
[目次]
[栞]

恋愛不感症・章一覧
main


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -