昼の皸(4)



憔悴しきった様子の斗与が教室の扉を開けたのは、6時間目の始まる少し前のことだった。

「斗与、おかえり」
「…た、だいま」

掛けられた声に、ひくりと肩を震わせてから、斗与は億劫そうに椅子を引きずり、腰を下ろした。ゴムの滑り止めが床と塵を擦る耳障りな音を聞きながら、僕は次に掛けるべき言葉を考える。あまり良い話じゃなかったのは彼の様子を見て明らかだ。
結局、

「大丈夫?」

なんていう、ありきたりのものしか浮かばなかった。
幼なじみは力無く笑うと、特に返事をすることもなく、手にしていた白い紙と、何かの束を机に放り出した。

流石に最終授業にもなると、教室の中はだれて、皆ぐったりとしている。疲れ具合が似ている所為か、1時間まるまる外していた筈の斗与は、しかし、周囲の雰囲気に馴染みきって、誰も気に留めた風はなかった。
普通科――北高は、一時は廃校寸前まで行ったけれど、県下の中堅校だった。私学になってからも、可もなく不可もなくながら、それなりに真面目な高校として通っている。まして入学しばらくの五月に、授業をさぼる人なんていない。
クラスメイトが気にしなくても、やはり当人はしっかり不安のようで、後ろや前の席の面子が立ち話をしているのを確認し、それから僕へ向き直った。いつも透徹とした瞳が、どこか弱いひかりを宿している。

「…リーディング、どこから指された?」
「向こうの川から。今日は僕も、シャケも指されなかったよ」
「ったくよ、無事に終わった時に限って指されないんだよなあ」

唐突に会話へ乱入してきたシャケは、自らの行状を棚上げしまくりながら、教師を批難し始めた。(別の意味においての)彼の馴染みぶりも感心する。あまりに態度がでかすぎて、時折上級生に間違えられるというのも頷ける話だ。

「サイトー、どうした。テンション低いな」
「え?ああ。当たり前だろ欠席一回だよ、すっげえ不本意」
「…あのひとに何か変なことされたの」

我ながら尖った声音で問えば、不自然なまでの自然さで、斗与は否定をした。まるで僕がその問いをすると、従前に分かっていたかのような応じ方だった。

斗与は鞄をフックから取り上げると、机に撒いた紙――封書と紙束を放り込んだ。そして小さく溜息を吐いてから「ユキ、」と僕の名を呼んだ。

「見目先輩の部屋って、廊下の端だよな」
「―――そうだよ。斗与の部屋、黒澤君、空き、それで見目先輩」

さっきも似たような、違うようなことを聞かれたな、と思いながら返事をすると、斗与は理解したという風に、緩慢な瞬きをした。

「ケンモク先輩?」とシャケ。彼は特に接点が無いから知らないのだろう。同学年だって、名前も顔も分からないのだ、一級上なんて別の世界みたいなものだ。
「うちの下宿生だよ。剣道部の2年生。部活説明会の時に演武やった人」
「普通にわからねえ。…ってか寝てたし、オレー」

馬鹿とシャケに付ける薬は皆無だ。如何に学校行事中の睡眠が素晴らしいものかを語り始めたシャケを手っ取り早く放棄し、僕は斗与の表情を探ることに終始した。

やや白い膚身が半刻前よりも青醒めて見えるのは思いこみだろうか。淡い色の睫毛は頬に翳を生み、彼の心中を推し量るにたる眼差しを隠し通している。耳の後ろからうなじの線を、その横顔を眺めている内、場所も弁えずかきついてしまった。

「…うっわ、重」
「お、出ました、大江選手のアームロック!」

僕が縋り付いても斗与は淡々としたものだ。儀礼的に挙げた悲鳴は平坦で、彼が何とも思っていないことがありありと分かってしまう。
犬がするように頭を押しつけながら首筋に擦り寄れば、こてん、と。
酷く珍しいことに、糸が切れたみたいに斗与の首が、僕の痩せた髪の毛の上へ乗った。だから、確信した。



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