昼の皸(2)



とりあえずむかついたので、シャケには早々に自分の席へお引き取り願った。シャケの席は僕の前。新蒔の『あ』、大江の『お』。間に伊藤さんでも宇梶さんでも入ってくれたら、もう少し心穏やかな高校生活が送れたかもしれないのに。
斗与の席は折り返して僕の隣だ。神様を恨めばいいのか誉め称えればいいのかよくわからない、この匙加減。

かぶり付きで聞くのも癪なので、弁当をぼちぼち食べながら「それで」と水を向けた。シャケはパンのお次とばかりに、ツナマヨのおにぎりを取り出してビニールを剥いた。
鮭じゃないんだ。鮭だったら共食いだったのになあ。

「あの特進科のカワイコちゃんはサギサカって言ってね、…ちょっと面倒なやつなんだよな」

ちらりと視線が上がって僕を見る。お前よか面倒なやつはそう居ない、と言ってやりたいが、ここは我慢。僕の反応が薄いので、シャケは再びおにぎりの摘出作業を再開させた。

「サギサカはゲイ。筋金入りの男好き」
「………え?」
「だからぁ、あいつは男とイチャイチャしたい趣味の人なんだっつうの」
「…………」

斗与が。
ポラリスにして心の支え、最後の救い、万難を排して護るべき存在たる斗与が、
―――――危ない。

「ま、待て大江、立つな座れ、落ち着け怖ぇえ!」

瞬きしろ!とシャケが下で叫んでいるがどうでもいい。斗与を捜さなくては、一秒でも早く!

「安心しろ、っていうか人の話は最後まで聞け!サイトーはサギサカの好みじゃないから!!」
「………………ほんとう?」
「た、多分…」

弁当にそえつけのプラスチック箸が妙な方向に歪んでいた。ばあちゃんに怒られる、かも。

「多分。きっと、おそらく…」

シャケが握り潰したおにぎりが内臓破裂してツナマヨが漏れている。漏れたツナは彼が反転して話していたが為に、僕の机の上にぼたぼたと。それを睨み付けながら大きく嘆息した。

「なんでそんなことが言えるんだよ」
「え?だって」

ピンクチラシの入ったティッシュを取り出して、勿体無ぇとごちながらシャケは言う。

「サギサカと中学の時付き合ってたのオレだし」
「…ふうん」

また、ちらりと視線。シャケも溜め息を吐いた。

「驚かないのかよー」
「驚かないよ」
「大江はマジでサイトー以外どうでもいいのな」
「知らない人とシャケのことなんて興味ない」

彼としては吃驚させたいポイントだったのかもしれないが、僕の興味の範疇を大幅に逸脱している。正直掠りもしていない。

「シャケはゲイの人だったんだ」
「あ?いや、何事も経験かと思って一年ばかり」
「ふうん」
「ま、大江はなー。自分が重傷だからオレなんて軽い火遊び程度だよな」
「…?」

別れたのはこの春のことらしい。そういう性癖って経験云々とかで左右できること、なのかな。よく分からない。出来るとしたらそれはそれで、器用だ。
僕は斗与じゃないとどうしたって駄目なので、耳の垢ほどは感心しながら聞いた。同じようになりたいとは思わないけれども。
座り直した僕を疑わしそうにしばらく眺め回したシャケは、サイトーも居ないのにオレ凄ぇオレ偉いちゃんと座らせたぜ、とぶつぶつ言った。

「えっと何だっけ、そう、つまりサイトーはサギサカの好みじゃあないの。サギサカのタイプは王子様だから」
「…王子様?」
「そそ。サイトーはさ、王子様ってか、お嬢って感じじゃねえ?サギサカ自体は姫って渾名がついててさ」

今、変な単語聞いた。オウジサマ?
誰が。

「だから三月に別れた時も、本当の王子様を見つけたんだとか言われてさー。オレは偽物かっつうの」
「そうだったんじゃないの」
「酷い!酷い!!大江の鬼!」
「…煩い…。あとツナマヨ臭い」

ロン毛を振り乱してすがり付かれても非常に面倒。どこが王子様なのか理解不能だ。サギサカ某の目は節穴としか思えない。――とは言え斗与に靡かれても困るので願わくは節穴状態が継続されていると有難い。

「それで元彼のシャケとしてはどう思うわけ、サギサカが斗与を連れ出したことについて」
「…うーん…」
「行き先、思い当たるところないの」
「……そうッスなぁ…」
「シャケ」
「お?」
「ユーアー役立たず」

シャケは、身がなくなって海苔と米だけになっていたおにぎりを貪っていたのだけれど、僕の罵倒にあって静かに動きを止めた。そして嘘泣きを始めた。うるさいなあ。

「か、かつてオレの人生の中でここまで虚仮にされたことがあっただろうか…」
「初めてなんだ良かったねおめでとう」

曲がった箸を箸箱に詰めようとして断念し、弁当箱を布で包んで始末をする。続けて広げたままの斗与の弁当も片付けた。
厭な予感がする。彼は今日の昼御飯を食いっぱぐれてしまうのではないだろうか。ちゃんとこの席に、戻ってくるのだろうか?

「…うちの女子連中はそろそろ目を醒ますべきだ…大江君癒し系とかってマジありえねー」
「新蒔」
「おっ、おう!なんだね大江君」

斗与はどこへ行ったのだろう。
見つからないものは、捜さなくては。

「サギサカ某の言ってた、本当の王子様ってうちの学校の人なの」

――そして、彼を捜すのはいつだって僕の役目だ。




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