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大好き!(橙)
彼は少し勘違いをしている。私が彼に毎日会いに行くのは、ただマタタビを貰いたいからじゃない。確かに彼から貰うマタタビは美味しいけれど、でも違う。私はただ、貴方に頭を撫でてもらいたいだけ。そしてあわよくば、思いっきり抱き締めて欲しい。
「あ!」
人里は少し周りの目線が気になったりするけど、でも平気。藍さまもいつも来ているのだから。そう思いながら下りるのは、彼とよく会う人里。
そして私は見つける。彼がそこでマタタビを買っているところを。
「夜月!」
「ん? あ、橙!」
彼が振り向いて、私に笑いかける。それを見ただけで、私の身体が甘い痺れを起こす。私の走るスピードはぐんぐん速くなっていき、そのまま彼へと飛びついた。
「うおっ!」と夜月は驚いて私を受け止める。私はぎゅーっと力の限り彼を抱き締めるけれど、彼は抱き締めてくれない。だって両手に買い物袋を提げているから。
でも彼は、例え持っていなかったとしても抱き締め返してはくれないだろう。何も持っていないときに抱き着いたら、背中をさすられて終わったことをよく覚えている。
「まったく、今日は随分と元気だなあ」
「えへへ、最近夜月に会えなかったから」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
降りて、と私の肩を押す夜月。ずるずると彼から落ちていく私は周りから見ればとても滑稽に見えるだろう。
「はいよ、マタタビ」
「……う、ん」
私が欲しいのはこれじゃないのに。と思いつつも、それは自分の大好物だ。差し出されたそれを銜える。上目遣いで彼を見ながら、帽子を外した。外す理由は、これから彼は私の頭を撫でるから、彼の手の温もりを直に感じたいと言う私の欲の現れだった。
「お前って可愛いよなあ」
なんて独り言を言って、案の定私の頭に手を置く夜月。優しく動く掌がたまに耳にあたってくすぐったかった。
いつもはこれで終わる。私がマタタビを食べ終わると、残ったマタタビを渡して彼は帰ってしまう。もどかしい彼との距離に、私は限界を感じた。
「夜月……やっぱり、マタタビいらない」
「え?」
驚いた顔をする夜月。そこまで私がマタタビに熱中していると思っていたのだろうか。それなら、夜月はバカ。私が熱中してるのは、貴方だというのに。
「マタタビなんかより、夜月が欲しい!」
「ちょ、」
彼の顔が赤く染まる。初めて見たそんな表情に、なんだか頬が緩んでしまった。
もう一度、彼を抱き締める。身体をもう離さないとばかりに密着させる。このまま一つになってしまいたいとも思った。
「夜月、大好き!」
大声で叫んでやれば、恐る恐る背中に手が回された。
甘い痺れが、脳裏を焦がす。