いつか、きっと(藍)
人里はとても温かい。これは別に今の季節が夏だからとかそういう訳ではなくて、人里で暮らす皆の心がとても温かいという事だ。
平和で、温かくて、優しい気分になれる此処が、おれは大好きだった。そしてもう一つは、

「おや、夜月さん」
「おっ、藍さん」

この方にお会いできるから、おれは人里を愛してやまない。
たまに油揚げとか食材を買いに人里へ降りてくる藍さんとは、会えば大抵お茶を共にする仲である。お昼頃を見計らって此処に来れば、たまに藍さんと会える。そして夕方まで近くの茶屋などで他愛もない話をするのだ。

「藍さん、今日は空いてます?」

いつもこう聞くけれど、大抵いつも空いている。かと言って聞かずに茶屋へ連れ込むのもどうかな、なんて。

「ええ、勿論」
「じゃあいつも通り、お茶でもどうですか?」
「喜んで」

ふわり、と優しく彼女は微笑むと軽く頭を下げる。相変わらず自分より遙かに弱いおれに対しても敬意を払ってくれるのは、長い付き合いの証拠。と言うより、紫さんがおれの事気に入っているらしいから、それの影響なのかもしれなかった。


「何か困ったことがあれば何でも言ってくださいね、おれすぐ駆けつけますから」
「そうだな……橙が自由すぎて困っている」
「ははは、それはどうしようもないかなー……」

何でも、とは言うべきでは無かったかもしれないと後悔しつつ、お茶を飲む。渋い苦みが口を支配してから喉を流れていった。
暫くの沈黙。しかし決して気まずくは無い静寂。このゆったりとした時間が心地いい。ちらりと彼女のふわふわとした尻尾に目をやると、嬉しいのか、ただ風に揺れているだけなのか、ふわふわと動いていた。触りたい衝動に駆られつつ、おれは我慢を決め込んでおもむろに口を開く。

「おれ、藍さんとこうやって過ごす時間が大好きです」
「私もだ。貴方と居ると安心する」

ふわり、尻尾が揺らめいた。

「おれも、藍さんといると心地いいです」

大好きですよ、と繰り返して言えば、今度は尻尾が大きく揺れたかと思えば、藍さんの顔が紅潮していく。
こほん、とひとつ咳払いをして、藍さんは持っていた茶を置いた。

「貴方は……聡明な割に馬鹿だな」
「なっ」

いきなり馬鹿と言われた。そんなこと言われると思っていなかったショックでお茶を零しそうになって、ぎりぎりで留めた。

「人が困っている時は敏感なのに、普段は鈍感すぎる」
「えー……おれ鈍感ですかね」

だって、と藍さんは此方をじっと目詰めてくる。優しい目がゆっくり細められて、にたりと笑われる。そんな彼女も、とても綺麗だと思ったおれは可笑しいのだろうか。

「全然私の気持ちに気付いちゃいない」
「えっ……そ、そんなこと」
「じゃあ私がいま何を考えているか、分かる?」
「お、お茶、美味しいな、とか」

途端に藍さんは拍子抜け、という顔に変わり、しかしすぐにふっと吹き出した。ははは、と思いきり笑われる。

「確かに美味しいけど、そうじゃない」
「な、なんでしょう」
「まあ良いよ、分からなくて」

やはり間抜けだ、と笑われて、いつか分かる日が来るよ、とそんなことを藍さんは言ってから、ごくりとお茶を飲み干した。



bkm
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