ロマンチカ(パチュリー)
「こんな薄暗いところでよく本なんて読めるね」
「目が慣れてくるのよ。あまり明るいのは苦手なの」

相も変わらず薄暗い図書館で、夜月とパチュリーはたわいもない話を交わらせていた。珍しく紅茶も用意されており、パチュリーは本を読むことより彼との会話を優先したことが窺える。

いつもならパチュリーが本を読み終えるのを夜月が一時間も二時間も隣に座って待っている所を小悪魔は稀にちょっかいを出しにいったりするのだが、流石の小悪魔も空気を読んだようだ。二人の声しか音がしない。
夜月と話しているときのパチュリーはいつにもなく楽しそうだったのだ。パチュリー様も春が来たんですねえ、なんて小悪魔は息を潜めて笑っていた。

「おれはずっと此処にいれる気がしないな」
「そんなこと言って、毎日来てるじゃない」
「だってパチュリーさんといると落ち着くんだよ」
「……ば、馬鹿ね」

照れ隠しをするように紅茶に口をつける。紅茶の香りがふわりと広がった。
その光景さえニコニコと彼に見られ、パチュリーの頬が少しだけ赤く染まる。

すると、あっと何かを思い出したかのように声を上げる夜月。そしてゆるゆると微笑む彼は、少し滑稽であった。
何か思いついたのだろうかとパチュリーは紅茶に口を付けたまま、彼を見る。

「ねえパチュリーさん、たまには太陽を浴びてみようよ」
「え?」
「おれの箒があるしさ、ちょっと外を飛ぼう?」
「え、えっ……?」

善は急げ! と夜月は紅茶を一気に飲み干し、ガタリと立ち上がってパチュリーの細い腕を掴んだ。

「ちょ、ちょっと、何処へ行くって言うのよ」
「んー、考えてないけど、空を飛ぶのは楽しいよ」
「し、知ってるわよ、そのくらい」

この図書館にいるとは言え、パチュリーも立派な魔法使いだ。空を飛ぶ感覚は知り尽くしている。
それよりも彼女は、惹かれている彼と一緒に出掛けるという行為自体が気掛かりだった。

つ、つまりこれは、で、で……デートとか言うんじゃ……
そう考えて、ぶんぶんと頭を振る。腕を掴まれているので頭を抱えることが出来ないので、その場で俯いた。
い、いや、鈍感な彼のことだ、仲の良い友達と遊びに行くぜわーいみたいなノリなんだろう。
と、混乱を抑え、「仕方ないわね」と彼に応じた。やった! とはしゃぐ彼に、思わず頬が緩む。


扉を開けると、眩しい太陽の光が二人を照らし出す。なんて良い天気だと夜月は喜ぶが、いつも暗い所にいるパチュリーは目が潰されるようだと目を瞑る。レミィだったら一瞬で灰になりそうだわ、とそんな大袈裟なことを思った。

「はい、パチュリーさんが前に乗って」
「え……っ!? 一緒に箒に乗るの!?」
「そうだけど」
「わ、私は一人で飛べるわよ!」
「ダメ、途中で体力が尽きるかもしれないだろ?」

そう言われ、ほらほらと背中を押される。渋々と跨れば、後ろに夜月が乗り、抱き締められるように腕が回され、箒を掴む手に彼の大きな手が重ねられる。
急接近した身体と、彼の息が耳にかかって、パチュリーの鼓動はどくどくと早くなる。心臓が爆発してしまうんじゃないかと錯覚を覚えるほどに。

ダメだ、体力より先に心が持たないと判断したパチュリーは後ろの彼に声を掛けようとするが、その前に箒は飛び上がっていた。
きゃあ! と思わず叫ぶパチュリー。

「ちょ、ちょっと夜月!」
「落ちる心配は無いから安心して」

そういう問題ではないのだけれど。
そもそもパチュリーだって飛べるのだから、その心配は皆無なのだ。
言いたいことが言えぬまま、二人はぐんぐんと高度を上げ、行くぜー! という元気な声の刹那、風を切りだした。


正直、景色など見ていられなかった。もう湖に落ちたいくらいに身体も顔も熱を帯び、重ねられた手がとにかく熱い。
気まずい空気にならないよう、「気持ちいいね」「あ、ほら神社が見えて来たよ」なんて声を掛けてくれるが、パチュリーの耳には入っていない。
しかし、夜月が発した「デートみたいだねー」という言葉には過剰反応を示し、もう死んでしまいたいとパチュリーは心から思っていた。

「ん……?」

外へ出てから一言も喋らない彼女に不安を覚えた夜月は進むのを止め、「大丈夫?」と声を掛けた。

「だ……大丈夫じゃない、わよ」
「えっ、ごめん、と言うか風邪でも引いた? 凄く熱いけど」
「誰のせいだと思って……」

彼の右手が額に当てがれる、もう緊張を通り越して無心になってしまっていた。
「うわ、凄く熱い。体調悪かったなら言ってくれれば良かったのに!」と彼は焦りだし、くるりと方向を変え、先ほどより少し早く来た道(?)を戻り始める。
冷たい風が身体を撫でていき、心地が良い。しかし彼に触れている箇所は熱を帯びたままだ。

やっと落ち着いてきて、彼に大丈夫だと伝えようとするが、必死になっている夜月にそんなことは言えない気がした。
まあ、帰って看病されるのも悪くないのかもしれないと、パチュリーは少しだけ身体を夜月へ委ねた。


ロマンチカ



bkm
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