よい夢を(蓮子)
「気付くとね、私は彼の隣にいるの。そこから見える景色はいつも違って、木々が生い茂る森だったり、青空の下の原っぱだったり、知らない神社が見えたこともある。一番ビックリしたのは、湖の中にいたことかな。でも不思議、全然苦しくなかった。

最初は驚いて、周りをキョロキョロと挙動不審な動きをしただけで目が覚めたりしたんだけど、毎晩その夢を見るようになってから、そこに居られる時間は長くなっていったわ。

だんだんと慣れてきた頃、私はあることに気付くの。彼の隣は、なんだか凄く安心するって。隣に立っているだけで、心の穢れが剥がれていくような、そんな感じ。

気になったから、私は彼に名前を聞いたの。そうしたら、彼は微笑んで、声を出さずにこう言ったの、夜月だよって。え? 声を出さずにどうやって言うかって? 口パクよ、決まっているじゃない。何? 口パクなのにどうして名前が分かるのって? あれ、そう言えばなんでだろう。

まあとにかく、彼、夜月は今まで声を上げたことがないわ。私がいくら話し掛けても、微笑んだり、眉を下げて困ったりするだけなの。でもね、彼は表情豊かで面白いよ!

今日もね、彼の夢を見たの。今回は綺麗な花畑だった。色とりどりの花がとても綺麗だったわ。でもいつもと違ったのは、隣に彼が居ないの。

でも見渡してみれば、花畑に彼が寝ていたわ。だから私は主人を見つけた犬のように彼へ駆け寄って、隣へ座ったの。さーっと通り抜ける風がとても心地良かった。
すると彼は起き上がって、私の頭に何かを乗せて優しく微笑んだわ。頭に乗せられたそれを見てみれば、花冠だと気付いたの。

丁寧に作られたそれを見て、夜月は器用なんだなって思った。心がウキウキとして、緩みきった頬で彼を一瞥すれば、夜月は悲しそうに笑っていた。

そんな彼の綺麗に整った顔に、どうしても触れたくなって手を伸ばした途端、目が覚めたの」

小さなカフェで随分と長く一人で語った蓮子の口はカラカラに乾いていた。彼女は置いてあったコーヒーを一気に飲み干す。苦いそれが口を支配していった。

「蓮子がそういう話をするなんて珍しいわね」
「え? そう、かな」
「ええ。でもいつもの長ったるい理解不能な話より、その話の方が魅力的で好き」

蓮子も幻想郷に行ったんだあ、とメリーは紅茶の入ったカップに口付ける。

「幻想郷、だったのかな……」

それが本当なら、彼は幻想郷の人間なのだろう。一体何が彼と蓮子を夢で会わせているのかは分からないが、彼女はもう既にあの夢と夢に出てくる夜月に釘付けになっている。それがはっきり分かるのは、彼女が大学から帰ると、真っ先に寝室へ向かうことにある。
夕食も食べずに眠りについてしまうので、彼女は前より少し痩せてしまっていた。

「ねえ蓮子、他に何か彼とのエピソードは無いの?」
「ええ? そうだなあ」

夢はすぐ忘れてしまう彼女だったが、彼との夢だけは鮮明に覚えていた。まるで脳裏に焼き付けられたように。それが、現実だったかのように。

「ああ、そうだ。夜月は箒で飛ぶことが得意みたいで、一度だけ一緒に飛んだわ。風を切る感覚って、凄く楽しいの」
「え? 箒で飛ぶって、どうやって飛んだの?」
「だから彼の後ろに乗って、彼に抱き着いて……あ」

途端、蓮子の頬が赤く染まる。夢の中で意識しなかったことを今意識してしまって、身体がかっと熱くなってしまった。
そんな彼女の様子を、ニヤニヤと楽しそうに見つめるメリー。それを受けまたもや恥ずかしくなった蓮子は、ガタリと立ち上がる。

「も、もう帰るわ!」
「あら? 寝るにはちょっと早すぎるんじゃない?」
「その分彼と一緒に居れるからいいの!」

思わずそう叫んでしまうと、周りの眼がいくつも蓮子に集中する。
どうしてこんな恥ずかしい思いをしなくちゃならないんだと、蓮子は踵を返してカフェから出て行った。




「……はあっ」

自宅へ帰ってくる頃には、もう身体の熱も冷めていた。鞄を机に置き、思わず寝室に目がいく。また眠ってしまえば、彼に会えるだろうか。こんな早く会いにいったら、驚いた顔をしてくれるだろうか。

膨らむ妄想がまた恥ずかしくなって、彼女はそそくさと布団へ潜りこんだ。






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