誘惑(諏訪子)
目線を感じる。境内から神社を見てみれば、怪しく笑う諏訪子さまの姿が見えた。此方を見ている。きっとこのまま見つめあえば彼女はきっと手招きをして、おれを中へ誘うだろう。それを覚ったおれはすぐに目線を逸らして神社の掃除に精を出す。

別に諏訪子さまの事を嫌っているわけじゃない。ただ、神様なのだと言われると頭が上がらないと言うか、普段目に見えない信仰対象がそこに存在しているとなると、気が引けてしまうと言うか。
それに、今日は神奈子さまが不在だ。つまり、距離はあるとは言えこの守矢神社の中ではおれと諏訪子さまの二人きりとなる。神奈子さまも神様ではあるけれど、あの親しみやすい性格のせいか彼女と二人きりになっても何とも思わない。

ちょっと、意識しすぎているのかもしれない。と、おれは掃除を進めた。
そう言えば、どうして神奈子さまと早苗が居なくておれが此処を掃除しているのかを説明していなかった。
簡潔に言えば、神奈子さまは山の河童と技術革命をしに行った。神様が神社を離れるのはどうかと諏訪子さまが言ったらしいが、「すぐ帰ってくる」とのこと。
そして早苗は、神社の掃除中に人里近くで妖怪が現れたという情報を聞きつけ、半ば無理矢理おれに箒を押し付け妖怪退治に駆り出たのである。

「はあ……」

そんなことより、目線が気になる。眼だけを移動してみれば、また随分と幸せそうな顔で彼女は煎餅を頬張っていた。

「夜月」
「は、はい!」

唐突に呼ばれた自分の名前。おれの声が裏返った。
そんなおれの様子にくつくつ喉を鳴らしながら、諏訪子さまは笑う。

「境内の掃除は十分だよ。もう埃一つ無い」
「そ、そうですね……」
「少し休んでいけば? 折角、早苗が貴方にお茶を入れたのだからさ。もう冷たいけれど」

まあ、要するに。

「そちらに行けばいいんですね?」
「うん」

こうなることは何となく分かっていたけれど、いざ呼ばれてみると緊張する。そっと胸に手を当ててみると、バクバクと煩く身体に響いてきた。
おれは箒を片づけ、靴を脱ぎ、諏訪子さまの前へ座った。彼女の眼も、帽子の眼もこちらをじっと見つめてくるせいでちょっと気味悪い。

「お疲れ様」
「い、いえ、このくらいどうってこと無いです」
「まったくお人好しね」

そう言って、彼女はお茶を啜る。それに合わせておれもお茶に口を付ければ、冷たい苦みが口を支配した。それでもコクと旨味があって、とても美味しい。

「早苗さんの入れるお茶は美味しいですね」
「そうだね、これが毎日飲んでも飽きないんだよね〜」
「おれも毎日飲みたいなあ」

そう言うと、驚いたように目の前の彼女は目を見開いた。心なしか、帽子の眼はジト目な気がする。
何か変なこと言っただろうか。

「早苗はあげないわよ」
「え?」
「だからー、可愛い早苗は、いくら夜月でもやらないって言ってるの」
「へっ!? あ、いや、そういう意味じゃ……」

意味を理解すると、おれはぶんぶんと手を振って否定する。きっとお嫁には嫁がせないとか、そういう意味だろう。しかし、彼女は心底可笑しそうに笑う。

「あはは、冗談よ。ああでも、私ならいいかもよ?」
「え?」

諏訪子さまは急に熱っぽい視線でおれを見つめ始める。唇に指を当て、上目遣いでおれを見つめているが、いきなりどうしたんだ。
それに、私ならいい? とは、どういうことだろうか。
緊張しているせいなのか、相手の意図が探れない。そんな中で、おれは必死に答えを見つけることに成功した。

「早苗さんが嫁ぐなら諏訪子さまだと言う事ですか?」

即座に出した考えを口に出すと、ガツン! と音がして諏訪子さまが悶え始めた。彼女の方を見ると、足の小指を押えていた。どうやら机の脚に小指をぶつけたらしい。「だ、大丈夫ですか?」と声を掛けてみるが、相当痛いのか返事が返ってこない。

暫くすると、顔を真っ赤にしながらこちらをカッと鋭い目線で睨みつけてくる。

「誰が自分の子孫と結婚するのよ! そもそもの問題、早苗は女だよ!」

そう言って彼女は立ち上がり、おれの肩に手を置いて、顔をぐいっと近づけてきた。
唐突な行動に、おれの身体はぴしりと固まる。

「もっと聡明な子だと思っていたけれど、違かったみたい」

いい? と彼女は言って、おれの耳元に唇を寄せた。




「貴方には、私が嫁いであげる」
「またまた、ご冗談を」



bkm
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