ロウバイ(魔理沙)
妖精の悪戯には慣れていると思っていた。何をされても驚かなければ妖精達はつまらなそうに帰っていくのだから、外を飛ぶ時はいつも冷静に警戒を張りつめていたのだ。しかし昨晩、湖の上を飛んでいた時だ。人里で飲み会に半ば強制的に付き合わされていたせいで、おれの身体はくたくたに疲れ切っていた。そのせいで、おれの警戒は緩み切っていたのだ。呑気に欠伸をした刹那、おれは誰かに突き飛ばされ、湖へ落とされた。

その結果、おれは見事に風邪を引いてしまったという訳だ。身体は怠く、頭もガンガンと痛い。寝ていても、眩暈で天井が揺れている。
しかし、おれにはやることがあるんだ。確か今日は、霖之助さんに用があった筈だ……。何の用があったんだっけ、ああ、外の世界の道具らしき物を拾ったから彼に届けようと、そう思って……。
ベッドから這い上がると、目の前が暗転。どん、という痛々しい音と共に頭に激痛が走って、おれの意識はそこから無い。


霧雨魔理沙は目の前の兄を見て、ほとほと困っていた。いつも元気に笑う自分の兄が、熱い息を吐きながらうんうんと唸っているのである。まさかと思い汗ばんだ額に手を当てると、火傷しそうなくらいに熱く、魔理沙はすぐ手を引っ込めた。
とにかく、誰かを呼んでこないと、と思う。自分より遙かに重いであろう人間を、ベッドまで運ぶのは無理な気がしたからだ。

「……」

魔理沙は部屋を見渡す。少し汚れてはいるが、いつもよりかは片付いている自分の部屋。これは彼が自分の代わりに片づけてくれているのだと自覚すると、彼女は途端に申し訳なくなって、今回は私が頑張るのだ、と持っていた箒を投げ捨てる。

「夜月」
「ん……」

流石に一人で動かすのは無理だと、彼を起こす。夜月は苦しそうに眉間に皺が寄り、瞳は潤んでいた。

「寝るなら、ベッドで寝ろ!」
「おう……」

夜月はなけなしの体力を振り絞り、起き上がる。それをサポートしながら魔理沙がベッドへ彼を投げ込んだ。ぐえ、と呻き声が聞こえたが、魔理沙は無視を決め込む。永琳のように「大丈夫ですか?」と微笑みかけるなんてのは彼女の性に合っていないのだ。
さて、次はどうしようか。と魔理沙は考える。苦しむ夜月をじっと見ていると、だくだくと溢れる汗が見えて、彼女は閃く。タオル、タオルを濡らしてこよう。

彼が部屋を整理していたお蔭で、目当てのタオルはすぐに見つかった。それを濡らし、彼の額に乗せようとすると、いきなり彼に腕を掴まれた。

「魔理沙……」
「な、なんだよ」
「構わなくていいよ、放って置けば治るって」

そう言ってゆるりと笑う夜月の優しさに魔理沙は心が痛む。どうして彼はこんなにも優しいのだろう。風邪の時は、心細くなる筈なのに。だから魔理沙は彼を元気付けるように、笑って見せた。

「いや、構うぜ」

魔理沙はそう言って、タオルを夜月の額に乗せた。気持ち良さそうに目を細める夜月を見て彼女は安堵する。すると夜月の口から「ありがとう」と言う言葉が出て、魔理沙は恥ずかしそうに「お、おお……」と返事をする。
魔理沙はそのままタオルを動かして汗を拭きとろうとするが、彼から発せられた「でも、」という声によって阻止されてしまった。

「だらしねー兄の世話なんかごめんだ、っていつものお前なら言うだろ」
「ああ、そうだ。でもな、夜月は私のたった一人のお兄ちゃんなんだぜ?」
「……おれの為にお前の時間を割きたくない」
「少し頭冷やせ!」

頭にきた魔理沙は、タオルで夜月の目元を隠し、覆いかぶさるように彼を抱きしめた。

「夜月、いつもありがとう」
「え?」

かああ、と魔理沙の顔が赤くなる。お礼なんて言ったのは、いつぶりだろうか。ノリで「サンキュー」と言う事は多々あったけれど、ちゃんと思いを込めていったのは、もしかしたら初めてなのかもしれなかった。

「そんなこと言うなよ、これは私が勝手にやっていることなんだ。心細いって言えば、ずっと居てやるぜ?」
「……ああ」

心細いと口に出すことは無かったが、彼は頷いた。魔理沙はやっと素直になった夜月の頭をがしがしと撫でる。そのおかげか、魔理沙と夜月に笑顔が戻った。

ロウバイ

(ゆっくりお休み)



bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -