イカサマ魔法で逃避行(2/2)

 煩いくらいの心臓の音。どうか聞こえないでと願いつつ、彼が歩き去るのをじっと待った。暗い廊下を照らし出すのは彼が杖に灯した小さな光だけだ。光が一歩一歩近づいて、通り過ぎていく。
 ――よかった。バレなかった。
 ホッとしたのも束の間、長いローブを翻し、彼がこちらに手を伸ばした。
「あっ」
 身を包んでいた透明マント――綱重が自宅の物置で見つけたものだ。恐らくは父・家光が学生時代に活用していたのだろう。綱重は、自分がホグワーツを卒業する際にはこの素晴らしいアイテムを弟に手渡そうと思っている――があっさりと取り去らわれてしまう。
 光の元に晒された綱重を見つめ、紅い瞳が不機嫌そうに細められた。
「ここで何をしている」
「……減点する?」
 悪戯な笑みを浮かべ、先生、と囁く。教師に向けるには不適切なほど甘やかな声音だった。
「真夜中に校内を徘徊しなきゃならねえ正当な理由があるなら言ってみろ」
「そっちこそ、いつもは見回りなんてしないくせに」
 押し黙った相手に綱重は笑みを深くして。
「なんてね。知ってるよ、校長先生に呼ばれて校長室に向かうところでしょう。授業を助手のスクアーロ任せにしてることが遂にバレたんだって?」
「グリフィンドールから、」
「あー、待って! 減点はやめて! ……ザンザスが居ない隙に部屋に忍び込んで、戻ってきたところを驚かせようと思ってました! ごめんなさい!」
 一気に捲し立ててから声が大きすぎると気がついた。口を押さえながら辺りを見回す。幸い、誰にも聞こえなかったようだ。
 改めて声を潜め問いかけた。
「ねえ、どうして僕が居るってわかったの?」
「すれ違ったときテメーの匂いがした」
「わあ。なんかそれって――、」
 ――すごくエッチだ。
 言葉の途中で顎をとられ唇が塞がれる。突然のことにも綱重は慌てず慣れた仕草で瞼を閉じた。
 昼間でも人通りの少ない廊下。真夜中の現在では、辺りにゴーストがいる気配すらない。しかし、誰かに見つかる可能性はゼロじゃなかった。わかっていても綱重には彼を押しのけるなんて出来ない。与えられる熱にひたすら酔い痴れる。お互いに離れがたく、角度を変えて何度も口付けを交わした。
「行け」
 数分後、そんなぶっきらぼうな言葉と共に透明マントを突き返されて、綱重は破顔した。

 ザンザスの部屋で、ザンザスのベッドに寝転がりながら、彼が戻ってくるのを待った。
 暫くして現れたザンザスは、寛ぎきっている綱重を見て眉根を寄せる。
「グリフィンドールから二十点減点」
「なんでだよ!」
「ああ? 寮を抜け出して人の部屋に忍び込んだんだ。二十点で済んだだけ有難いと思いやがれ」
「許してくれたんじゃ!?」
「誰がいつ、ンなこと言った」
「だって“行け”って……」
 綱重はハッとする。そういえば、ザンザスの部屋に、とは言われていない。
「折角一度は見逃してやったのに馬鹿なやつだ」
 せせら笑いを浮かべるザンザスに縋りつく。
「ザンザス〜……」
「情けない声を出すな」
「だって、ラルに殺されちゃう!」
 美しくも厳しい寮監の姿を思い浮かべ身震いする。綱重が所属するグリフィンドールは、現在、因縁の相手スリザリンと僅か数ポイント差の争いを繰り広げている。今年こそは寮杯を奪還すると豪語している女史が、翌朝、二十点も減った自寮の砂時計を見たらどうなるか想像に容易い。
「ザンザス」
 恨めしそうに、スリザリンの寮監を務める男の名を呼び、見上げる。
「僕らの『イケナイ関係』を知ったら、校長先生も流石にお前をクビにするかもな」
「この俺を脅迫するつもりか」
 ザンザスは冷静だった。そんなことをすればお前もただじゃすまないと鼻であしらう。
 去年、ザンザスがまだホグワーツの生徒であった頃から二人の関係は誰にも明かせなかった。所属する寮のグリフィンドールとスリザリンが犬猿の仲であるが故だ。だが、ザンザスが教職に就いた今では、バレてしまったときの影響は当時の比ではない。
 穏健派で知られている当代のホグワーツ校長は、ザンザスの父親だ。そして綱重の父親はホグワーツの理事である。そんな二人だからこそ関係が公になれば大問題になるだろう。非常に厳しい処罰が科せられることも目に見えていた。
 子どものように頬を膨らませ、綱重はザンザスから離れた。ベッドにどかりと座り込む。
「それで? 今夜、ここに泊まったらどれだけ減点されるわけ?」
「……。……罰則だけで勘弁してやる」
「どんな罰則?」
「半年間、居残り授業だ」
 ザンザスはそう言うと綱重の体をベッドに押し倒した。
「それってつまり……」
「黙れ」
 首筋に甘く歯を立てられて、綱重はクスクスと笑みを溢した。


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