永久無敵の恋だもの(2/2)

「母さん。いいからこっち来て、座って」
「だって綱重が家にお友達を連れてくるなんて初めてでしょう。母さんだって、ちゃんとおもてなししたいのよ。――ザンザスくん、紅茶でいいかしら? それともコーヒー? ジュースもあるけど」
「ザンザスは友達じゃないよ。恋人なんだ」
 ガチャン、と音がした瞬間、誰よりも早くビアンキが動いた。
「ママン、私が片付けるわ」
 割れたティーカップの始末を申し出て、奈々を促す。
 テーブルを挟んで、ちょうど息子と向かい合う位置に奈々は腰を下ろした。その表情は硬い。
 日本に帰るよ。会わせたい人がいるんだ。綱重から連絡を受けた日から今日までずっと浮かべていた笑みが、先ほどの一言により消え去っていた。
「恋人。今、そう言ったの? だって貴方たち、」
「うん。男同士だけど、僕はザンザスを愛してる。真剣なんだ」
 言葉通り綱重の瞳は真剣そのものだった。冗談を言っているようには見えない。
「ザンザスは、どうなの」
 綱重は顔をあげ、声のした方向に視線を向けた。弟の綱吉が廊下から室内へと一歩踏み出していた。
「ずっと黙ってるけど。兄さんのことどう思ってるんだよ。ちゃんと聞かせてくれ」
「ツっ君」
 慌てたように綱重が立ち上がる。高校生になってからぐっと背が伸びたツナは、今や綱重とそう変わらない身長だ。制止しようとしても軽々かわされてしまう。
 綱重を振り切り、ツナはザンザスの真横に立った。艶やかな黒髪の合間から紅い瞳が覗く。
「テメーに関係あんのか」
 低音が静かに問いかけた。鋭い眼光に気圧されて、ツナは一瞬口ごもった。しかし、すぐにザンザスを睨み返すと。
「オレの兄さんだ。関係あるに決まってるだろう。……ザンザス。もしも兄さんを傷つけるならオレはお前を許さない」
 思いがけない弟の宣言に綱重はただおろおろするばかりだ。睨み合うザンザスとツナの顔を交互に見つめる。奈々も同じだ。音を出すことが憚られるため、ビアンキは作業を中断していた。不穏な空気を感じ取ったのか、ランボでさえも、フゥ太とイーピンと一塊になって、廊下から静かに成り行きを見守っている。
 唯一、小さなヒットマンだけが、楽しそうな笑顔を浮かべて教え子の背中を見つめていた。
「……どうも思ってなかったら、わざわざこんなところにまで来るか」
 チッという舌打ちと共にザンザスが吐き捨てた。綱重にとってはそれだけで嬉しい言葉だったが、ツナにとってはとても納得いく答えとは言えなかった。別々の理由で口を開きかけた兄弟よりも早く、言葉が続く。
「傷つけたとして何が悪い」
「お前!」
「自分のものをどう扱おうが俺の勝手だ」
「兄さんを物扱いするなんて……ッ」
「結局、こいつの痛みも全部俺のもんになるんだから構わねえだろう」
 ザンザスの胸倉を掴み、拳を振りかぶった体勢のまま、ツナは「えっ?」と動きを止めた。
「こいつの全てを俺のものにすると決めた」
 文句を言うなら殺す。ツナを見下ろす紅い瞳にはそんな明確な殺意が込められていた。怯んだツナが一歩体を引くと同時、横から飛び出してくる影があった。
「……ザンザス、ありがとう……っ!」
 綱重だった。感動の涙を流し、ザンザスにひしと抱きつく。
「なんで感動!?」
「ザンザスが……っ、僕の家族のことも大事にしたいって、」
「そんなこと一言も言ってなかったけど!?」
 弟のツッコミも感極まる兄の耳には届かない。ザンザスと二人、母の前に腰を下ろし直すと、綱重は改めて口を開いた。
「母さんに僕たちのこと認めてもらいたいんだ」
「最初から認めてるわよ」
「うん、わかってる。いきなりこんなこと言われても困……、――認めてる?」
 丸く大きく見開かれた瞳に、そんなに驚かなくてもと奈々が笑った。
「びっくりはしたけどね、でも、何だか納得しちゃったの。ザンザスくんってちょっとあの人に似てるし……子どもがお父さんと似た人を選んじゃうのは仕方ないのかもね」
「どこが!? 全然似てないよ!」
 ザンザスに失礼だ、父さんなんかと一緒にしないで、と悲鳴じみた声で綱重が訴える。これには旦那のことを深く愛している奈々も黙っていられない。
「綱重ったら何てこと言うの! お父さんが聞いたら泣いちゃうわよ!?」
「だってザンザスの方が百倍かっこいいもん! 母さんこそ、一体どこを見たらそんなことが言えるわけ!?」
「綱重は今の優しいお父さんしか知らないからでしょう。出会った頃の父さんはね、それはもうナイフみたいに尖ってたんだからっ。怖いけどかっこよかったわ〜。ザンザスくんにも負けないくらいにね」
「絶っ対、思い出を美化し過ぎてる」
「……オレも兄さんの意見に賛成」
「もー! 二人して、いい加減にしなさい!」
 誰のおかげでここまで大きくなったの、という言葉を聞いてツナは口を噤み、綱重もトーンダウンする。
「父さんのことはともかく、母さんはザンザスとはさっき会ったばかりなんだから彼がどんな人かなんてわからないだろう」
「わかるわよ」
 きっぱりとした口調は一切の反論を許さない。
「信念を絶対に曲げない強さを持ってるところが、お父さんにそっくりだなって思ったわ」
 微笑まれ、今度こそ綱重も口を閉じざるを得なかった。笑顔の効果もあったが、何よりもそうしなければ納得の声をあげてしまいそうだった。
 この人には一生敵わないな。
 苦笑いを浮かべた唇を指でなぞる。
「テメーは母親似だな」
 ザンザスがぽつりと零した感想は、和らいだ雰囲気を察したランボのおやつをせがむ声に掻き消され、綱重には届かなかった。


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