ひたすら恋しいだけである(2/2)

 日曜日。昼近くになってもまだ惰眠を貪っていたツナを叩き起こしたのは、母親でも家庭教師でもなく、彼を10代目と慕う獄寺隼人の誇らしげな報告だった。
「10代目のお命を狙っていた殺し屋を捕らえましたよー!」
 ビアンキが食材探しの旅に出ていることを知っている獄寺は、沢田家の庭に堂々と立っていた。そして彼の足元には、言葉通り、高手小手に縛り上げられた人物が転がっていた。
 二階の自室からそれを確認したツナは、すぐさま階段を駆け下りた。
「これはこれは10代目! お休み中とは知らず大変失礼致しましたっ。起こしてしまいましたか!?」
「……いや、それはいいんだけど」
 自分がまだパジャマ姿であることを思い出し少し赤面する。誤魔化すように頬を掻いた指で、殺し屋――獄寺曰く――を指し示した。
「その人だけど……」
「はい! 今すぐ始末しますか? それとも拷問して雇い主を聞き出してから殺しますか?」
「いい笑顔で聞くことじゃねー!」
 どっちにしろ結局殺すってことだしー!
 ガーンッとショックを受けたツナは、頭を抱えたい衝動を堪えつつ、浮かんだ疑問を口にした。
「あのさぁ、どうして殺し屋がいるってわかったの?」
 まさかライフルかなんかで狙いを定めていたのだろうか。怯えるツナに、変わらず“いい笑顔”のまま、獄寺はハキハキと答える。
「この周辺をパトロールをしていましたら、お屋敷の様子を窺っている怪しい男がいたんです!」
 パトロールって。お屋敷って。言いたいことは山ほどあったが、ツナは一先ず続きを聞こうと待った。しかし獄寺はニコニコと微笑みを浮かべるだけで言葉を続けようとしない。
「……えっ!? まさかそれだけっ? その人がうちを見てたからっ?」
「ええ、このようにボコボコにしてやりました!」
「ボ……!? こ、殺し屋じゃなく普通の人じゃないのっ!?」
「いえいえ、間違いないッスよ。てめー殺し屋だなって聞いたら急いで逃げようとしましたから。ほら今も。もがいて逃げようとしているでしょう? 後ろ暗いことがなければ逃げませんって」
 獄寺はへらへら笑っている。
 いきなり殺し屋呼ばわりされて逃げない人間がいるだろうか。それに、ボコボコにされ縛られて、次は始末されると聞いたら、誰だって逃げようと必死になって暴れるのではないだろうか。
「うわー!」
 ツナは裸足のまま庭に下り立ち、殺し屋改め被害者の男性に駆け寄った。青ざめた顔ですみませんすみませんと謝罪を繰り返しながら、一刻も早く拘束を解こうと手を伸ばす。
「10代目? どうしたんですか?」
 呑気な問いかけにツッコミをいれる余裕もない。
 罪のない通行人を暴行し捕縛したのだから「勘違いでした、ごめんなさい」では済まないだろう。もしかして自分も共犯にされてしまうのではないかと考えて、身震いする。
 共犯どころか、獄寺がいつもの調子で10代目がどうのと警察に話せば、主謀者にされてしまうかもしれない。想像は飛躍し、鉄格子の中にいる己の姿、家や学校の周りに群がるマスコミたち、「そんな人がクラスに居たなんてぞっとします」と話す京子ちゃん(顔にはモザイクがかかり音声も変えられている)……次々に悲惨な光景が思い浮かんだ。そんなのは嫌だ!と涙を流し、きつい結び目を解こうと一人で奮闘するツナ。ハサミを持ってくるという考えも浮かばないほど慌てていたが、もたついている間に、ふと、哀れな被害者の顔が目に入った。彼の頭から帽子が落ち、隠されていた顔が露わになったのだ。思ったよりも若く――ツナたちよりは年上のようだがまだ未成年だろう――アジア系のそれとは違う目鼻立ちのはっきりとした顔。
(外国の人!? それじゃあ、まさか、本当に殺……)
「そいつの職業は殺し屋で間違いないぞ。まだ半人前だがな」
「リボーン!」
 いつの間にか足元にいた赤ん坊にツナは文字通り飛び上がって驚いた。また更に驚いたことに、リボーンの名前を呼んだのはツナだけではなかった。獄寺ではない。ツナの声に重なって、聞き慣れない声が一つ、赤ん坊の名を呼んだのである。
「リボーン、お前この人と知り合いなのか?」
「ああ。名前は綱重だ。オレの五番目の愛人だぞ」
「はあっ!?」
 ツナはリボーンの言葉に思いきり眉根を寄せると、青年を指差した。
「愛人って、何バカなこと言ってんだ! この人どう見ても男じゃないか!」
「差別反対」
「さっ、差別とかそういう問題じゃないだろ! そもそもお前はまだ赤ん坊で……!」
 騒ぐ教え子の言葉を華麗に聞き流し、リボーンは綱重の前に歩みを寄せた。
「昨日からオレの周辺をうろついていたな」
 イタリア語で問いかける。綱重はイタリア語しか話せない。ツナや獄寺の話す言葉の意味は殆ど理解できなかっただろう。獄寺から逃げ出したのは、彼が悪童スモーキン・ボムだとわかったからか……余談だが、彼の姉ビアンキと綱重は酷く仲が悪い。
 もぞもぞと体全体を使い、何とか上体を起こした綱重が、目をぱちくりさせながら逆に問いかける。
「リボーン、俺がいるって気づいてたのかっ?」
「気がつかないと思っていたのか?」
 綱重が言葉を返すより早くリボーンは言葉を続ける。
「『それなら何故今まで気がつかないふりをしていたのか』――か? 何が不思議なんだ? お前がこそこそしていたのはオレに気づいて欲しくなかったからだろう? オレはお前の望む振る舞いをしただけだぞ」
「……ごめん」
「謝れとは言ってねえ」
「……仕事で日本にきたんだ。だから、ついでにリボーンに会いたいと思って」
「物陰から窺うことをお前の中では“会う”というのか?」
 俯き黙り込む綱重だったが、リボーンが小さな溜息を漏らしてみせると、慌てた様子で口を開いた。
「今回の仕事、結構な大物が標的だったんだ。まだ一人前には程遠いけどこれなら胸を張ってリボーンに会えると思った。でも」
 一度言葉を切った。再び沈黙する。きゅっと噛み締めた唇に血が滲む。これから話すことは、それだけ勇気のいる告白だった。
「――……先を、越された。依頼人が雇っていた殺し屋は俺だけじゃなかったんだ」
 破格といってもいいほどの成功報酬を提示されていた。こんな仕事が来るほどになったのだと浮かれていたが、事実はまったく逆。依頼人からはこれっぽっちも信用されていなかったのである。
 綱重には破格でも、一流の――リボーンのような――殺し屋を雇うには数倍の金額を用意する必要がある。複数の殺し屋に前金を払ったとしてもその方が費用を少なくできると依頼人は踏んだのであろう。ただそれだけだ。綱重がどれだけ仕事に誇りを持って臨んでいるかなんて、依頼人の知ったことではない。
 その上、誰かが放った凶弾にターゲットが倒れるまで綱重は他の殺し屋の存在に気がつけなかった。故に、依頼人が綱重の他にも殺し屋を雇ったことは結果的に正しかったと言えよう。
「こんなんじゃ会いに行けないと思った! だけど、この国にリボーンが居るんだって思ったら我慢できなくて、一目だけでもリボーンの姿を見たい、そう思って……!」
 それだけでは我慢できなかったことは、今こうして捕らえられているのを見れば明らかだ。
 一人前になるだなんて大見得を切ったくせにこの有り様で、合わせる顔がないと思いつつも、愛する人が気づいてくれることをどこかで期待していた。殺し屋には不必要な弱さだ。ポロポロと涙が零れ落ちるのを唇を噛みしめることで抑えようとする。リボーンを真似て被り始めたボルサリーノは、今は地面に落ちて、泣き顔を隠してはくれない。
「綱重」
 血の滴が浮かんだ唇を赤ん坊の柔らかな指がなぞった。
「お前のその欲張りなところをオレは気に入っているんだぞ」
「……リボーン……」
「それに、縛られた姿もなかなか悪くねえ」
 思わぬ言葉に綱重は大きく目を瞬かせたのち、吹き出した。
「だったら良かった。……俺、リボーンの好みについて、もっと研究しなくちゃだめだな」
「やることがいっぱいだな」
「うん。大変だけど苦しくはないよ。リボーンのことが好きだから」
 見つめ合う二人は当然のようにキスを交わした。

「そっちの方面でも規格外とは流石リボーンさん!」
 感動している獄寺の横で、(あの人は今夜うちに泊まるのかもしれない)と嫌な予感を抱くツナであった。


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