ぼくらはいつだって傷だらけ(2/2)

「兄さん……!?」
 階段を駆け上がった先、ツナの目に映ったのは、本物の六道骸と戦う兄・綱重の姿だった。
「綱吉!?」
 どうして、兄が、弟が、こんなところに。兄弟が思うことは同じだ。
「危ない!」
 三叉の槍が綱重を狙う。ツナが危機を知らせたおかげで、綱重は紙一重のところで攻撃をかわすことができた。
「なるほど。沢田綱吉のお兄さんでしたか。学校は並盛中ではない? 高校生ですか? どちらにせよ、それでランキングに名前が載っていなかったのですね」
 しかしそうなると、と骸は顎に手を当て、視線を横にずらした。
「あれは……フゥ太!?」
 部屋の隅に小さな体が横たわっているのを見つけ、ツナとビアンキ、リボーンの三人が走り寄る。そんな彼らの行動を妨害するでもなく、骸は悠然と綱重へと視線を戻した。
「ここにフゥ太くんがいるのを見て君は酷く驚いていた。弟についても同様だ。家族を助けにきたわけではないならば、一体ここへ何をしに来たんです?」
 左右で色の違う不思議な瞳が妖しく輝く。
 綱重は深く呼吸をした。ここに雲雀恭弥を迎えにきたことを弟に隠すつもりはない。綱重が現在彼と同居していることは母も知っているのだ。必要ならば、彼との関係についても話す覚悟はできている。
 ただ、この手に灯る炎のことだけは絶対に知られるわけにはいかない。
「綱吉。今すぐ皆を連れてここから逃げろ」
「えっ!?」
「早く行くんだ!」
 骸へ向かって警棒を振りかぶる。肩を狙った攻撃は、何なく槍で受け止められてしまった。
「どうやら君たち兄弟には色んな隠し事があるようだ」
 骸が笑った次の瞬間、綱重はその場に崩れ落ちていた。足に力が入らない。握りしめていたはずの警棒も、鈍い音を立てて床に転がる。骸の右目に炎が灯ったことも、目にも留まらぬ速度で腹部に拳が叩きこまれたことも、綱重には、まるで見えていなかった。攻撃を受けたことにも気がつかないほどの攻撃。
「がはッ……!」
 真っ赤な鮮血が口から噴き出す頃、ようやく綱重は痛みを認識した。
「兄さんっ!」
 ツナが自分の方に向かって駆け出すのを見て、首を横に振る。
 ――来てはだめだ!
 案の定、骸が笑みを浮かべたまま、ツナの方へと振り返るのがわかった。唇の端から新たな血を滴らせながら、力が入らないはずの足で綱重は立ち上がる。考えるより先に体が動いた。弟の身に危険が迫っている。そう思ったときにはもう、渾身の力を拳に込めて、骸を殴り飛ばしていた。
「…………兄、さん……?」
 呆然とした声に呼ばれ、我に返った。
 数メートル先で弟が立ち竦んでいる。目を大きく見開いて、信じられないものを見たという顔で、綱重を、綱重の手を見つめている。
「……やはり何もご存知なかったんですね。君がここに現れてからお兄さんが炎を見せてくれなくなったので、そうではないかと思いましたよ。クハッ! 人の秘密を暴くのは実に愉快だ!」
 ゆっくりと上体を起き上がらせながら骸が笑った。
 すぐに立ち上がらないのを見れば、ダメージを受けているのは間違いない。しかし、弾んだ声からは余裕しか感じられなかった。口の中が切れたのか、血の混じった唾を吐き捨て、骸は続ける。
「おや? アルコバレーノ、あなたも知らなかったんですか?」
 赤ん坊は唇を真一文字に引き結び、答えない。その横ではフゥ太を抱えたビアンキもが驚きを隠せない様子で綱重を見つめている。
 当の綱重には、骸の声も、リボーンたちの表情も、何も届いていなかった。いま綱重の瞳に映るのは、ツナの色を失った面差しだけだ。
「ちが、これはっ、違うんだ……!」
 何が違うと言うのか。混乱しきった頭の中、冷静に指摘する自分がいる。
 感情の高ぶりに比例して、炎の勢いはどんどん増していった。今や、両腕を背後に回しても隠すことはできないほど大きなものになっている。
「今更隠そうとしても無駄ですよ」
 すぐ真後ろから声がしてビクリと体を揺らす。音もなく忍び寄っていた男は、綱重の腕に手を伸ばした。
「そもそも隠す必要はないでしょう? こんなにも美しい炎を、――っ!」
 言葉の途中で骸は後方に飛び退いた。間髪を容れず、彼が立っていた場所を凄まじい勢いでトンファーが通過する。
「気安く触らないでくれる?」
 それだけで人を傷つけてしまいそうな鋭い眼差しが骸を突き刺した。
「恭弥……!」
 綱重の悲痛に満ちた声が、彼の名前を呼ぶ。
 今にも泣きそうな顔をした恋人の手には見慣れた白い炎。雲雀は、即座に状況を理解する。
「綱重」
 ここまで連れてきてやったのだからもう借りは返したとでも言うように、無情にも獄寺を打ち捨てると、綱重の元に駆け寄った。
 だが。
「来るな!」
 拒絶の声は間違いなく綱重の口から発せられた。
 言葉とは正反対に、涙が浮かぶ瞳は助けを求めている。けれども綱重は首を横に振り、雲雀がそれ以上自分に近づくことを許さなかった。
「炎が、止められない……ッ!」
 普段は綱重の拳だけを覆う炎が、今は肘近くまで広がっていた。
 無理もない。これまで必死に隠してきた秘密が白日の下に晒されたのだ。しかも、よりによって誰よりも知られたくなかった相手、弟の綱吉にまで見られたとあっては、恐慌をきたすのも当然といえた。
「う、あ……あああ……!」
 制御できない炎への怯えと焦りが火に油を注ぐ。勢い付く炎に更なる怯えと焦りを覚える悪循環。
 業火のように燃え盛る白い炎を前にして、雲雀の心に迷いはなかった。今の綱重は放っておけば自分自身をも傷つけかねない。
 躊躇なく炎の中に飛び込み、炎ごと綱重の体を抱き締める。
「っ、はなせ……!」
 暴れる体を押さえつけ、耳元に唇を寄せた。
「大丈夫」
「……きょ……や……!」
「大丈夫だから」
 コツン、と額と額を合わせる。
 綱重の顔は涙でぐしゃぐしゃで、雲雀の顔は血で汚れていた。
 それでも、いつもベッドの中でそうするのと変わらない声音で、雲雀は綱重に囁く。
「君は僕が守るよ」
 炎はすでに静まっていた。
 二人が唇を触れ合わせるのを、骸だけ楽しそうに微笑みながら、その他はただ黙って、眺めた。


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