そうして世界は平和になるんだろう(2/2)

「師匠は、どうして綱重さんを気に入ってるんですか?」
 六道骸は、一拍おいてから「誰ですって?」と弟子に聞き返した。
「綱重さんですよ。沢田綱重。ボンゴレ10代目のお兄さんでー、ボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーのボスの恋人ですー」
 これ以上なくわかりやすい説明をしたというのに、骸の怪訝な表情は変わらない。
 よもや分からないということはないだろう。世界が終わるかどうかという戦いの後で、ザンザスに嫌われたと泣き出した青年。あの情けない姿が目に入らなかったとは言わせない。
「僕がいつ彼を気に入ってると?」
「え。言ってませんでしたっけ」
 首を傾げ、フランは数秒思案した。
「でもそれに近いことは言ってましたよね」
「いいえ。恐らく僕がお前に言ったのは、狙うなら彼だ、ということくらいでしょう」
「ほら」
「……別に、変な意味ではありません」
 どんな意図があるにせよ「狙う」という言葉を使った時点で変な意味にしかならないとフランは思ったが、それを言えば話が進まないので黙っておいた。
「彼は沢田綱吉にとってもザンザスにとっても大切な人だ。同時にその体にはボンゴレの血が流れている。僕が何を言いたいかわかりますか? 彼の体を乗っ取ることができれば、ボンゴレファミリー延いてはマフィア界を掌握したも同然なんですよ」
「あー」
「何ですか、その間の抜けた声は」
「いえ。あの人、さらいやすそうですしね。確かに狙い目だと思いますー」
 マフィアに対し特段恨みもなければ憎しみも抱いていないフランにとって、骸たちの大いなる野望は、所詮は他人事だった。もちろん弟子としてどんな手伝いをすることもやぶさかではないのだが。
「ただ、下手にあの人を傷つけると厄介な人たちをマジギレさせることになりますよ」
 問題はザンザスと沢田綱吉だけではない。ヴァリアーの幹部たちやCEDEFも黙っていないだろう。あの青年は、人を惹きつけるという点だけは不思議と綱吉やザンザスにも引けを取らない。
「おやおや」
 クフフ、と骸が笑みを零したので、先程とは逆にフランが怪訝な表情を浮かべる。いつもの無表情は崩れないが、僅かに据わった目がフランの感情の動きを示していた。
「彼を気に入ってるのはお前の方ではないですか」
 何を言われたのか理解できず、大きく二度、瞬きをする。それから至って真面目に聞き返した。
「え……師匠、大丈夫ですか? 長らく水に浸かっていた後遺症ですか? あ、よく見たら何だか頭がトロピカルになっていますね。これは間違いなくかなりの重症、」
 ぐさっ。三叉槍がカエルの被り物を貫いた。

 数ヶ月後、ヴァリアーの本部にて、フランは偶然綱重と鉢合わせた。そう、骸が晴れて自由の身となり、マーモンが復活を遂げた今でも、フランはヴァリアーに籍を置いたままであった。
「やあ」
 気安い挨拶を受け、申し訳程度に頭を下げて応える。
「今日は休みか?」
「はい」
 本当は、ちょっかいを出してくるベルフェゴールに嫌気がさしてサボタージュを決め込んでいるだけだ。嘘だと見破っているだろうに綱重は微笑むだけで何も言わない。フランは、柄にもない、妙な居心地の悪さを感じた。
「“ボスがあなたに執着する理由”――今の綱重さんは、わかっているみたいですね」
 こう言えば多少の動揺を引き出せると思った。意趣返しだけでなく、本当に、彼が答えを見つけたのだとも感じていた。十年前とは比べものにならないほど落ち着いた姿は、確かな根拠といえた。
 しかし、どちらの予想もあっさりと裏切られてしまう。
「まさか。未だにわからないままだよ」
 穏やかな笑みを浮かべたまま綱重が答えた。嘘だな、と思った。本当にわからないのだったらこんな風に笑えないはずだ。そんなフランの思考を読み取ったかのように綱重は続けた。
「そりゃあ僕だって知りたいけど、ザンザスに聞いてもよくわからないし。とりあえず、ザンザスが僕のことを“もういらない”と言うまでは傍に居続けると決めたんだ。決めたというか、ただ、彼と離れるなんて僕には無理だってわかったから」
「……へー……」
「興味なさそうだな」
「ええ。びっくりするくらいどうでもいいです」
「お前が聞いたくせに」
「そこまで聞いてないっていうか聞きたくなかったんで」
「……まあいい。それで、お前はどう思うんだ? ザンザスが僕のどこを気に入っているのか。少しは自分でも考えたんだろう?」
 そうですねー、と間延びした声を出し、顎に手を当てて考え込むこと十数秒。
「恥ずかしいことを真面目な顔して本気で言っちゃえるところですかね? 普通の人には絶対無理ですよ、それ」
 ニヤン、と綱重の口元が緩む。
「そっちこそ。思ったことを何でも躊躇わず口にできるのは凄いことだよ」
 当然、褒めているわけではなく皮肉だと思った。嫌味で言ってるわけじゃないと綱重が付け加えても、フランはまったく信じていなかった。ぎゅっと手を握られるまでは。
「フランの言葉は、十年前の僕には必要だったと思う。ムカついたけどな。あのとき、心の中でモヤモヤしてたものを的確に言い表してもらって助かった。ありがとう」
 真っ直ぐにこちらを見つめ恥ずかしげもなく言い切った綱重は、最後に、ふんわりと笑顔を浮かべてみせた。
 その笑顔と、体温の低いフランの手を包み込む温かい手を交互に見やり、フランは考える。
 ――これは未知との遭遇だ。
 十年前の綱重はこんな風に笑ったりしなかった。常に何かに急き立てられている様子で、焦り、怯えていた。だからこそ何故ザンザスが綱重を選んだのか不思議で仕方がなかったのだけど。
 これが本来の沢田綱重なのだろう。
 そう思った瞬間に全てのピースが綺麗にはまった。
「……あのー、ボスって、子供のときから『るせぇ』と『ドカス』と『かっ消す』しか言わなかったんですか?」
「ん? あとは『メシ』かな」
「やっぱりそうですか」
「何だ、急に」
「はぁ。ちょっと確かめたくて」
 フランの性格は、生まれついてのものである。幼い頃からこうだった。当然友人は居ないし、そもそもそんなもの欲しいと思ったことすらない。現在は組織に属しているが、ヴァリアーも、骸たちも、フランと同じで一癖も二癖もある連中ばかりだ。
 こんな無防備な笑顔を他人に向ける人間は一人もいない。皮肉から出たものでない、本当の感謝を口にする人間も。
 フランでさえこんなにも驚いたのだから、あの怒りっぽくて乱暴で横暴なザンザス――綱重の証言により子供のときからそういう性格だったと証明された――には相当な衝撃だったはずだ。
 それこそ世界が変わるくらいに。
「フラン? あの、手、そろそろ放してくれないか?」
「どうしてですか? 綱重さんから握ってきたんでしょう?」
「え、でも……」
 数分後。ベルフェゴールが投げたナイフがカエルの被り物に突き刺さるまで、フランは綱重の手を握ったまま放さなかった。


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