ザンザスに呼び出された綱重は、扉の前で大きく深呼吸をした。
目の前の部屋は最強の暗殺部隊ヴァリアーを率いるボスの部屋。綱重がヴァリアーのボスであった頃勿論自室として使用していたのだが、今ではすっかり恋人の部屋である。
かつてこの部屋で、綱重は想い人から暴力を受けた。当時は想いを交わす前だった。
彼の行き場の無い感情を綱重は受け止めているつもりだったのだが、結局はすれ違っていたのである。
そうした紆余曲折を経て、自分達は漸く想いを交わす事が出来た。
同性である為に、世間からは好奇と嫌悪の視線に曝される関係かもしれない。だがそれが一体何だと言うのだろう。
お互いに愛する人が偶々同性であっただけにすぎない。僅かだが、自分達の関係を知りながら理解してくれる人間もいる。
ザンザスと幾度も言葉を交わし、肌を合わせ、絆を育んできた。決して恥じ入ることではない。しかし時折、僅かに不安がもたげるのもまた事実。
自分は本当に、このままずっと彼の傍に居ていいのかと。
自分達の関係は、社会一般から容認され難い“茨”だ。
雑念を振り払うように綱重は扉をノックする。部屋の主は訪問者を問う事はなく、ただ無愛想な声で「入れ」と言っただけ。
何かしらを感じた綱重は扉を開けるのを躊躇する。いつものザンザスの無愛想な声なのだが、平素の彼のものとは違うと、頭の中でもう一人の自分が叫んでいた。胸中に言い知れぬ不安が浮かぶ。
深い関係になったからと言っても、彼の怒りが綱重に向かない訳ではなかった。直接手が出る事はないが、無言の圧力であったり、特に無視をされる方が綱重は堪える。
それは無関心、相手が自分に対して興味を失う顕れ。綱重を堪らなく不安にさせる。
「…入れ」
明確な苛立ちが声に顕れていた。煩悶している間にザンザスを苛立たせてしまったのだ。
慌てて扉を開き部屋に入れば、目の前にザンザスがいた。
「っ!?」
突然腕を取られる。きつく腕を握られ、有無を言わせず連れて行かれる。突然の事に反応もできず綱重は為されるがままだったが、我に返って引き摺られながら彼の名前を叫ぶように呼んだ。
「ちょ…ザンザスっ!」
「……」
ザンザスは何も答えてくれない。
無言で綱重を引き摺りながら、向かった先は寝室である。
「っ」
乱暴にベッドに投げ飛ばされた綱重。咄嗟に受け身を取り、背中に羽毛の柔らかな感触を感じる間もなく、ザンザスが覆い被さってきた。
室内灯の淡い橙色の光がザンザスの端正な顔に陰影を作る。その顔を見て綱重は自分に向けられる怒りを感じ取った。だがそれは理由の分からない、計り知れない怒りだった。
綱重は知らず怯えた。それが顔に出てしまったのだろう。ザンザスが舌打ちをした。そして彼のシャツを脱がそうと襟元に手をかける。
「ま、待って。ザンザスっ」
真夜中に恋人の部屋へ呼ばれたのだから、することと言えば分かる。だがまともな会話さえなく、乱暴に扱われてしまうのでは流石に綱重も戸惑ってしまう。いくら最愛の人でも。
制止する綱重の腕をザンザスは掴み、捻り上げた。
「い゛っぁ…」
痛みに力が抜けた隙を逃さず、ザンザスは綱重のシャツの前を力任せに開ける。鼓膜を不快に震わせる音と共にボタンが弾け飛んだ。
見慣れた白い肌が目の前に現れてザンザスは目を細めた。
力任せにシャツが引き裂かれ、無惨な布切れとなっていく光景を綱重は呆然と眺めていた。その隙にザンザスは彼の両腕を後ろ手に拘束し、シャツの成れの果てで自由を奪う。
「…ザンザスっ、どうして!」
狼狽し困惑する綱重をザンザスは厳しい瞳で見つめるだけだった。