密やかな…

どうしてこうなったのか。

ザンザスは胸中で呟いた。何度呟いたか分からない言葉である。そう言えば、自分がまだ少年と呼ばれる年代だった頃にも、同じような言葉を繰り返していたことがあった、とぼんやりと思う。

しかし“今”と“あの時”とでは全く状況が異なっていた。

足の間に陣取り、金髪を揺らしながら懸命に自身を愛撫する恋人。あの頃は目障りでしかなかった綱重が、今ではすっかり恋人である。

何故か簪と女物の着物を着ていた。まるで血のような真紅の着物に、艶やかな金色の髪と、白雪のように真っ白な肌がよく映える。

昼間、ルッスーリアと二人でコソコソと何やらしていたが――その間ほったらかしだった為、スクアーロやレヴィに八つ当たりをしていた――これが理由だったらしい。

初めてザンザスの前に現れた時には、恥じらいの花が愛しい者の頬に咲いた。彼の故郷の人間が最も愛する花よりも紅く甘い香りを放つ花に似ていた。

艶かしく、淫隈で甘美な香りが花から漂う。微かに吸った瞬間、甘い痺れが背中を走る。常にない愛しい者の恥じらいの姿と、密やかに咲く淫隈の花に、彼は軽く陶酔した。

すぐにこの手で抱き、自分だけの花を手折ろうとするが、待ったをかけられる。

不服そうに眉を寄せるザンザスを宥め、綱重は酒を持ってきた。薄い琥珀色で、甘い匂いが漂うそれは、果実を漬けた酒である。
匂い通りの甘い酒で、ザンザスの舌には合わない。だが綱重が注いでくれた酒を、飲まずに捨てる訳にはいかない。
ザンザスも相手のグラスに酒を入れてやる。普段なら、自分が他人に何かをしてやるなど決してしないが恋人は別だ。劣情を煽る白雪の肌を真紅の瞳で捉えたまま、彼は酒を飲み干した。

予想通りの甘さに眉間の皺が寄る。綱重好みの味だろうし、心地良い熱さは同じだが、どうしてもザンザスは不快感を否めない。

この不快感を払拭する為に、ずっと焦がれていた“甘さ”に酔おうと綱重を抱き寄せようとして――柔い力に押し戻された。
拒まれたのではない。恍惚とした表情の綱重がザンザスを見つめ、そっと唇を合わせた。
常にない綱重の積極的な行動に驚いたが、視界の隅に映るグラスを見て、すぐに合点がいく。酔っ払ったらしい。

肉厚の唇を吸う綱重から、ほのかな甘い香りが漂う。
酒か、彼自身にか、判断はつかなかった。

甘い香りに酔い、身を任せるのも一興かと流されてみれば、いつの間にか綱重はザンザスの下肢に顔を埋めている。

荒々しく、猛々しいザンザスを綱重の柔らかい口腔が包み込む。愛しい彼に舌を這わせ、頭を上下に動かし、解放へと導く。
甘く熱い綱重にザンザスは悦びの声を上げた。

「………っぁ…」

掠れた声だが聞き逃さない。白い蜜を飲み干した綱重は笑った。声はないが、誰も彼もを魅了する艶やかな笑みである。

ザンザスの着物の前を開けた。浅黒い肌、無駄なく着いた筋肉、無数にある戦いの名残。

どれもが女を夢中にさせる。男の綱重も例外ではない。

戦いの名残に指先で触れ、微かに動かせば、ザンザスの脇腹が戦慄く。クス、と思わず笑えば射殺さんばかりの鋭い瞳が向けられた。

それに動じず、足の指先を舐め、足から順に口付けの雨を降らす。
脹ら脛から内腿へ、緩やかに天を衝く雄の根本。身体中にある戦いの名残に慰撫の口付けを降らした。

甘い震えにザンザスは苦しむ。綱重が与える甘さは歓喜そのもの。しかし何かが違う。

考えている間にも、薄く柔らかい薄紅色の唇が徐々に上がっていく。腹から胸へ口付けを落とし、時折舌を這わして。
逞しい胸筋を愛しそうに唇が撫でていく。触れた場所は熱く、甘く疼いていた。

「―――っ」

唇が胸の頂きに触れる。柔らかい感触はすぐに離れず、頂きを甘く噛んだ。熱く濡れた感触を感じた瞬間、一際強く甘い悦びの痺れが脳髄を突き抜ける。

「っ」

ザンザスは綱重を押し倒した。組み敷き、はだけた着物の間から見える赤く染まった体を見下ろす。期待に満ちた琥珀色の輝き、緩く立ち上がった花芯。――自分は何もしていない。こちらを愛撫していただけでこうなったらしい。

耳朶を甘噛みし、耳の中に息を吹き込みながら、低く重たい声が言う。

「……淫乱が」

途端、びくりと震える体。感じたのか、言葉にショックを受けたのかは分からない。

赤く色づいた肌に吸い付き、小さな花を咲かせ、蜜を溢す花芯を強く握った。

「っああぁ!」

高く響く甘い声と震える体に、ザンザスは満足げな笑みを浮かべる。やはりこうでなくては。他人に主導権を握られるのは性に合わない。

邪魔な着物を取り去り、ほんのりと花の色に染まった肌に顔を埋める。



汗ばんだ肌から漂う甘酸っぱい芳香が鼻腔を甘く刺激する。

普段の横暴なザンザスからは想像ができないような繊細さで、武骨な手で綱重の内腿を撫でる。青年期を迎えた体ではあるが、緩やかな曲線を描く柔らかな感触と、小刻みに震える体を楽しんだ。
首筋に舌を這わせる。淡いが独特の酸味が舌を刺激した。吸い付けば、小さな水音が立つ。

おもむろに結露して多量の水滴が着いたグラスを掴んだ。カランッ、と氷が硝子にぶつかって心地良い音を立てた。

グラスに口をつけ、果実の甘い芳香を漂わせる中身を口内に招き入れる。そして綱重に口付けた。

「ンゥ…っ」

飲みきれず、口の端から零れたそれが頬を伝って落ち畳に染みを作る。
畳を汚した事など気にせず、膳の上にあった徳利を取り、綱重の顎を掴んだ。僅かに開かれていた口を更に開き、その中へ徳利の中身を注ぐ。いきなり口内に入ってきた、人の理性を奪い酩酊させる強い芳香のそれに、綱重は苦し気な表情を浮かべ、ザンザスの手を掴んだ。中身は大分残っており、仰向けに寝転がった姿勢では飲むのは困難であるし、元々弱い体質の彼には辛かった。

しかしザンザスは止めない。綱重の手を振り払いはしないが、酷薄とさえ思える笑みを口元に浮かべて彼を眺める。そして、口付けた。
綱重の口から止めどなく溢れるそれを飲みながら、ザンザスは舌を差し入れる。苦しさに縮こまった舌を肉厚の舌で絡め取り、溢れる程に満たされた甘い芳香と共に翻弄する。

まるで溺れているようだった。

――だが、誰が、何に?

甘い芳香を放つ、理性を奪いしモノに綱重が。

快楽の淵に誘う、甘美で危険な妖花と化した綱重に自分が。

それとも、お互いがお互いの存在に。

らしくない考えだ。まるで弱気になったようで、その事に軽く苛立ち、目の前の薄紅に染まった肌に噛みつく。血が滲む程に強く。

「ひぃ…っ…」

か細い悲鳴が聞こえたが無視した。次に胸元に噛みつき、小さな蕾に犬歯を立てる。今度は力を緩めて優しく。

「ん…ぁああ…」

嬌声に薄く笑い、満足しながら、自らの支配欲がゆっくりと満たされていくのが分かる。

関係ない。どちらがどれほど相手に溺れているかなど関係ない。

二人だけの密やかな時間を楽しむだけだ。

ザンザスは自らの欲望で綱重を満たす。より濃く紅色に染まった体を抱き締め、快楽の淵に沈んだ。





自らの瞳と同じく見事なまでの真紅に、ザンザスは知らず目を細めた。目の前の膳の上に置かれた、美しく艶やかな光沢を放つ見事な朱塗りの銚子と盃。“彼”が自分と飲む為に、日本の職人に依頼して作らせた特注品である。

銚子から盃に注いだそれを飲み干した。

手酌は悲しいと、誰かが言っていた。だが、自分以外を嫌うザンザスが気にする筈もない。――ただ一人を除いて。

本当に酌をしてもらいたい相手は今は夢の中である。酔いに負け、情事に溺れて、疲れ果てた綱重は気絶するように眠ってしまったのだ。
決して柔らかくはなく、寧ろ固くて寝心地が悪い自分の太股に頭を乗せて、気持ち良さそうに眠っているのだから不思議なものである。

乱れた真紅の着物を直してやろうと手を伸ばした。しかし途中で気が変わり、着物の隙間に手を滑り込ませ素肌を撫でる。肌の滑らかな触り心地に小さく満足しながら、再び盃に口をつけた。

END.

12/02/16


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