マグマのように

金色の絹糸が白の中で揺れ、引きずり込まれるように埋もれていく――。



白蘭。美しく艶やかな白い花の名を持つ男。

常に人を安心させる柔和で優しげな笑みを浮かべ、一見すれば人畜無害な優男のような風貌の人物である。しかしこの男こそが、世界最強と謳われたボンゴレを壊滅寸前にまで追い詰めたミルフィオーレファミリーのボス。

“信頼していた”入江正一の裏切りを知りながら、ずっと泳がせていた油断ならぬ男。その柔和な笑みと穏やかな言動の中に、常人の理解を遥かに超えた危険な思想と底知れぬ野望を隠した不気味な存在だ。

ザンザス率いるヴァリアーにとっても勿論、ボスである白蘭を消す事は最重要任務である。

そしてその男が今綱重を抱き締め、深い口付けを交わしていた。

倒した敵の通信機から出現したホログラムが、映像としてその光景を観覧者に見せる。

映像を見て頭を抱える者がいた。ヴァリアーの作戦隊長であり、剣帝スペルビ・スクアーロ。

彼は、綱重の口から漏れ出る甘い声に益々頭を抱える。そして背後にいる上司を振り返れなかった。

――お前は一体何をやってんだ。

スクアーロは綱重とザンザスが恋人同士である事を知っている。彼だけでなく、ヴァリアーの幹部全員がその事実を知っていた。

だからこそ今の光景は見るに耐えないものがあり、また憤りを感じていた。

捕らわれた者が生き残る為には、捕らえた者の言いなりになるしかない。

被支配民が支配者の奴隷になるように。

だが抵抗もなく、白蘭の行為を受け入れた事には正直驚いた。

ザンザスとの関係を考えれば、少しは抵抗するかと思ったのだ。だが綱重は素直に、従順に、白蘭を受け入れる。

考えがあっての事なのだろう。モールス信号――恐らくザンザスのみが理解出来るメッセージ――を送っている辺り、彼の強かさが窺える。

だがいくら考えがあっても、目の前で“見せつけられている”行為に、ザンザスが何も思わない筈がない。

ザンザスは、短気、横暴、我が侭、理不尽――正に暴君という言葉を体現したような人間だ。

他者を慮り、気遣う等という事は決してしない。――恋人の綱重を除いて。

見せつけられる二人の仲の良さ――言いたくはないが、バカップルさには辟易する。

ザンザスは部下の扱いは虫けら同然に酷いが、綱重にはとてつもなく甘い。

食べたいものを用意出来なければ、良くて物が飛ぶ、悪くて半殺し。しかし綱重の場合は違う。以前簡単な料理を覚えたとかで、ザンザスに振る舞った事があった。
見た目はかなり悲惨で、ザンザスは食べないだろうと誰もが思ったが、彼は食べた。一口食べ、「まじぃ」と言ったきり二度と食べなかったが。スクアーロも一口食べてみたが、見た目を裏切らぬ味が舌を刺激した。問答無用で、下っ端なら再起不能になる程の恐ろしい制裁が下る味だ。

たがザンザスは、落ち込む綱重の頭を優しく撫でて慰めた(砂を吐きたくなるような光景にスクアーロは早々に退散した)。

それだけザンザスが綱重を特別に想っている事でもある。――だがその反動も大きい。

大切な恋人が、まるで自分から求めるように他の男と口付けを交わしているのだ。ザンザスの心中たるや、それこそ腸(ハラワタ)が煮えくり返っているだろう。否、そんな生ぬるい表現では表しきれない。

地上の万物の一切を灰塵にする程の灼熱のマグマのような怒りが、激しく渦を巻いている筈だ。

そんなザンザスの怒りを理解している筈の綱重は、腕を白蘭の首に回した。白蘭は満足そうに口端を引き上げ、より深く綱重の唇を味わう。

絡み合う二人の舌が、卑猥な粘着質の音を奏でる。


今すぐに二人を引き剥がしたかった。ザンザスの怒りもあるが、スクアーロは綱重のこんな姿を見たくはない。

いくらボンゴレやザンザスの為とは言え、自分の体を差し出す姿など。

それに綱重を抱き締める白蘭の腕が、軟体生物のように見えるのは何故だろうか。

白蘭は人間だ。腕は二本で白い隊服の袖に包まれている。
だが綱重を抱き締めるヤツの腕は、獲物を捕えたら吸い付いて離れない、軟体生物の触手のようだった。また綱重の体の上を這い回り、蠢く、全く別の白い生物のようでもある。

綱重が白い生物に引きずり込まれ、埋もれていくと言えばいいのか。それとも塗り潰されていく。――いや、違う。侵食されていくのだ。

得体のしれない不気味な白い化物に、綱重が侵食されていく――不快で堪らない。

白蘭は意識を綱重だけでなく、ザンザスにも向けているのかもしれない。綱重を愛でる事に集中しているように見えるが、ちらちらとこちらに視線が向けられているように感じるのはそのせいだろう。

白蘭は楽しんでいる。ザンザスの怒りを。

自分の恋人が他の男と口付けを交わしている場面を見せられながら、何も出来ないザンザスを嘲笑っている。

「……」

スクアーロは気配だけでザンザスを窺った。静かだった。静かすぎる。陳腐だが、嵐の前の静けさと言ったところか。
いつもなら、八つ当たりで何か投げつけてくるのだがそれがない。…不気味だ。

無表情の仮面の下では、マグマのような凄まじい激情が渦を巻いているだろう。白蘭だけでなく、綱重に対しても。

「ふ、んン……」

劣情を刺激する甘く高い声と共に、綱重は白蘭に擦り寄る。

だがスクアーロは、その姿がまるで媚びを売る雌犬のようで胸糞が悪くなった。ヤメロっ、綱重。そんなカス野郎なんぞにっ。

スクアーロ自身、こんな思いを抱くのだからザンザスは…。ザンザスの心中を悟ってか、ルッスーリアは既に彼から離れ始めていた。あっ。テメェっ、一人だけ逃げてんじゃねぇ!

思わず怒鳴りそうになったスクアーロを、小さな爆発音と白煙が制止した。

「なっ…!」

驚く彼の目の前で、ホログラムの白煙が徐々に晴れていく。白蘭の姿も消していたそれが完全に晴れた時、現れたのは十年前の綱重。

そしてスクアーロ達の目の前で、綱重は白蘭の顔面に強烈な殴打を見舞った。


END.
11/11/14


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