二人きりではない

「ううっ…。ボス、俺はもうっ、…俺はもう駄目なのか〜」

「まあ。何、突然泣き出したりして」

ここはルッスーリア三丁目。ルッスーリアが企画したインタビューの舞台である。

どこで知ったのか、アナログテレビ、豆電球、炬燵に蜜柑、昭和の日本の家のようなセットだ。しかも、インタビュアーのルッスーリアは割烹着姿。これまた昭和の日本のお母さんスタイルだ。

今回、インタビューの相手は同じ幹部のレヴィである。

しかし、突然テーブルに突っ伏して泣き出したレヴィ。ルッスーリアは彼に湯呑みに入った熱いお茶を差し出した。

「お茶でも飲んで落ち着いて」

「すまない。取り乱してしまった」

レヴィはお茶を飲み、漸く落ち着く。

「何だ、このセットは?」

「そんな事より聞かせて。その涙のワケを」

「…最近、ボスの俺に対する扱いがひどくて」

「レヴィ。ボスじゃなくてお父さんでしょ」

家族設定があるらしい。父親はザンザス、母親はルッスーリア、そして子供はヴァリアー幹部。因みにレヴィは次男。

「何を言っている?」

家族設定など知らず、しかも真面目なレヴィがルッスーリアのノリに合わせる事はない。

「もうノリが悪いんだからー!て言うか、あの人がひどいのは最初からだと思うけど?」

「それが…最近では傍にいるだけで、タコ殴りにされるんだ…」

「あら。流石にそれはちょっとひどいわねえ」

「何故なんだ、ボスっ。何が気に入らないと言うんだ。俺はいつだってボスを思い、ボスをお守りする為に付き従っているというのにーっ!!」

泣きながら叫び、レヴィはルッスーリアに自分がどれほどザンザスの為に動いていたのか語る。

×

今日も快晴。

陳腐な表現ではあるが、青く澄み渡った空は美しく、綱重は故郷の空を思い起こす。

季節でいうなら秋。肌寒い風が吹きながら、見事な秋空が広がっているのだろう。

昔、家族でピクニックに行ったのを思い出す。小さな山だったが、見事な紅葉に両親は感嘆していた。しかし、まだ幼かった自分と弟は、紅葉よりも追いかけっこや隠れんぼとか、遊びに夢中だったなと思う。

思い出に沈んでいた綱重だったが、見えてきたヴァリアー本部に思考を現実に引き戻した。

――今日は絶対にザンザスを怒らせないようにしよう。

この前は散々な目に遭ったし。たかがゲームなのに、綱吉似のキャラクターでさえ駄目だなんて理不尽だけど。

だが今回は大丈夫。外出するのだから、その心配はない。しかし彼の立場上必ず護衛がつく為に二人きりではないのだが、そこは贅沢を言うまい。

「――あ。ザンザス!」

想い人の姿に綱重は表情を綻ばし、彼に向かって手を振る。彼は手を振り返してはくれなかったが、わざわざ外で待っていてくれた上に、他の誰に接するよりも、柔らかく優しい表情で迎えてくれるだけで嬉しかった。

だが――。

「貴様、遅いぞ!ボスを待たせるとは何事だ!」

レヴィの怒鳴り声に、密かに作り出されていた二人だけの世界が一気に瓦解した。



防弾装備が施された高級車に乗り込み、一息つく。流石にレヴィも同じ車という訳にはいかず、護衛の車に乗ってもらった。

ぐいっ、と肩を引き寄せられ、こつんと頭が隣にいるザンザスの肩に乗った。肩に頭を乗せたまま、綱重は彼の横顔を見る。常と同じ無表情な顔がそこにあり、また言葉もない。

だが言葉を交わさなくとも、二人で静かな時間を過ごす事は嫌いではない。寧ろ、好きだ。

おもむろにザンザスが綱重を見、大きな手が彼の顎を掴む。

紅い瞳に怒りとは違う、熱い感情が宿っている事に気付き、綱重は目を細めた。顎から頬に添えられたザンザスの手を、愛しげに撫でて己の手を重ねる。

自然と近くなる二人の顔。だが口唇が重なる寸前、ドアが大きく開いた。

「到着しました」

恭しくレヴィは頭を下げていたが、この時、二人の間に流れていた空気が完全に止まる。

そして、レヴィは綱重とザンザスの傍を離れようとしなかった。

上流階級御用達のブランド店。自分達が裏社会の人間である事を考慮し、貸し切りにしたその店で綱重がザンザスの服を選んでいる時も。

イタリアの最高級五つ星レストランで食事を摂っている時も、レヴィは部下である雷撃隊と共にザンザスの背後に控えていた。

ザンザスが機嫌を降下させ、額に怒りのマークを浮かべているのを、はじめ綱重は冷や冷やしながら見守っていた。だがこのままでは、レヴィもろともレストランを破壊しかねないと思い、何とかザンザスの機嫌を良くしようとする。次の休日は何をしようかと会話を弾ませようとするが、成果はなかった。

そして夜。ヴァリアー本部に戻り、ザンザスの私室で寛いでいた。変に気を遣ったせいか、綱重は気疲れでうつらうつらと船を漕ぐ。隣に座るザンザスは、そんな彼の様子にふっ、と笑った。

いつものザンザスにはない、優しく、柔和な表情だ。綱重という特別な存在にしか見せない。

ソファで寝かせるのもアレだ。ベッドで寝かせてやろうと綱重を横抱きにして寝室に向かう。

キングサイズのベッドに寝かせ、綱重の顔を眺める。もう十代後半だというのに幼さが残るあどけない寝顔。

自然と込み上げてくる愛しさに、綱重の頬を優しく撫でて――。

「綱重っ。貴様、ボスに運ばせるとは何様のつもりだ!」

「…んぅっ…んー…」

レヴィの怒鳴り声に、心地よい微睡みから眠りに落ちていた綱重の意識が浮上。当然の事ながら、雰囲気もぶち壊しである。

寝室まで付いてきたレヴィに、遂にザンザスの堪忍袋の緒が切れた。

×

レヴィの話を聞き終えたルッスーリアは――。

「それはアンタが鬱陶しいからよっ!!」

そう叫び、それを聞いたレヴィは今頃気付いたとでも言うようにガーン、という効果音付きで影を背負った。

「お、俺は…鬱陶しかったのか…」

「想像を絶する鬱陶しさよ!二人きりの時間を邪魔された上に、雰囲気をぶち壊されて、ボスが怒らない筈ないでしょう!!」

て言うか、あの人が最後まで一緒にいる事を許してくれただけでも奇跡よっ。

「な、何という事だ…」

突き付けられた真実に、レヴィは更に追い詰められていく。鬱陶しがられていたならば、これからどうやってボスを守ればいいのだろうか。

苦悩するレヴィにルッスーリアが助言を与える。

「いい、レヴィ。貴方に大昔から伝わる日本の格言を教えてあげる」

「格言?」

咳払いした後、ルッスーリアは表情を引き締めて言い放った。

「押して駄目なら引いてみろォイ!」

「押して駄目なら引いてみろ?」

「そうよ」

押して駄目なら引いてみろ。その言葉を繰り返し、考え、そして漸く結論に至る。

「そうかあ!これからはボスの前を歩けばいいんだなあ!!」

「そうそう。前を…て、えぇっ!」

どう考えればとんでもない結論に至るのか。そんな事をすれば、更にザンザスの機嫌を損なわせてしまう。折角の綱重とのデートを邪魔されるだけでなく、図体のでかい男に前をうろちょろされては目障りだ。

「ちょっと。それじゃあもっと鬱陶しいわよ!レヴィ、レヴィっ」

だがルッスーリアの制止の声も届かず、レヴィは雷撃隊を集め作戦会議に行ってしまった。

しかも、家族設定を最後まで無視された事にルッスーリアはご立腹。

「はぁ…。でもまさか、今日すぐに実行するなんて事はないわよね」

幾ら何でもそれは…。とルッスーリアが思っていたところで、上から凄まじい衝撃音と振動、そしてレヴィの断末魔が聞こえてきた。

「やっちゃったのね…」

次いで聞こえてきたのは、綱重が慌ててザンザスを制止する声。どうやら今日が休日だったらしく、ザンザスに会いに来ていたのだ。

綱重も大変ねえ…。

あらゆる意味で大変な人を好いて、また好かれたものだと、ルッスーリアは熱いお茶を飲みながら思ったのだった。


END.
11/10/16


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