「ゲームをやろう」
予想だにしなかった言葉に、ザンザスは眉を寄せる。綱重の姿を見て、愛想の欠片もない仏頂面を珍しく、人が気付けない程の僅かさで緩ませた時だった。
今日は久しぶりに二人きりで過ごせる休日である。しかし恋人である筈の綱重は会った瞬間、開口一番にそうほざいた。
「……何?」
長く会えなかった時間を埋めるように、騒がしさと忙しさを忘れて静かな時間を共に過ごすつもりでいた。誰にも邪魔されず、二人きりでゆっくりと。
当然、綱重もそうだろうと思っていた。何せ自分の事を誰よりも深く想い、自分の為に命を賭けた事さえあった。これは自惚れではない。事実だ。故に彼の言葉はザンザスにとっては予想外で、また腹立たしかった。何故そんな事を言い出す?
「ゲームだよ。ツッ……弟から借りたんだ。折角だから一緒にやろうと思って」
「……」
綱重は弟の名前を言おうとしたが、ザンザスの顔を見て慌てて言い直す。ザンザスの前で綱重の弟、沢田綱吉の名前を出すのは逆鱗に触れる事であり、また最大の禁忌(タブー)だ。
これは綱重は勿論のこと、ヴァリアーの人間なら誰もが知っている。もし言おうものなら半死半生、最悪な場合殺されるだろう。大袈裟ではない。十二分にあり得る話なのだ。
しかし、ザンザスが機嫌を損ねているのはそれが理由なのではない。だが今の綱重が気付く事はなく――。
「……分かった」
「それじゃあ早速…」
「但し」
「え?」
「負けた奴は勝った奴の言いなりだ。いいな?」
「それはちょっと…」
「フン。負けるのが恐いか?」
「なっ!だ、誰がっ!!」
「なら決まりだ。とっとやるぞ」
大画面のプラズマTVがある部屋に移動し、綱重がゲームをセットする。ザンザスは手伝いもせず、豪奢な椅子に座ってその様子を黙って眺めていた。シャツの合間から白いうなじが見えて悪戯心を煽られたが、今は辛抱だ。
「出来たよ。はい、これ」
コントローラーをザンザスに渡し、綱重はふかふかの絨毯の上に座った。しかし、ザンザスの長い腕が伸びて綱重の襟首を掴んで引っ張る。
「うぐ…ちょ、…何っ!?」
蛙が潰れたような悲鳴と非難の声を上げる綱重を無視し、自らの膝の上に座らせた。
噎せて喉を押さえる綱重はザンザスを見たが、彼は黙っているだけだ。こうなればザンザスは答える気ゼロ。どれほど問うても答えてはくれない。仕方ない。ゲームに集中しよう。
しかし、この時綱重は大失敗をした。
対戦キャラクターで綱重は弟とそっくりなものを選んだ。それを見たザンザスが機嫌を最悪なものにしたのだが、ゲームに集中している綱重は全く気付いていない。
わざとではない。ザンザスをよく理解している綱重が、そんな事を故意にする訳がない。これだと思ったキャラクターを選択しただけ。
だが、ザンザスにそんな事は関係ない。
対戦スタートと同時に、ザンザスは目の前にある綱重のうなじに噛み付いた。
「んぁっ…な、何…ザンザス……んぅっ」
噛んだ跡に舌を這わせ、そのまま首筋を舐めていく。耳朶を甘噛みし、次に耳の穴の中へ舌を伸ばした。途端、甘い痺れが脳髄へと駆け上がり、綱重が甲高い喘ぎ声を出す。
「ひゃあっ」
唾液をたっぷり含んだ生温かい舌が、耳を蹂躙する。ぴちゃ、ぴちゃ、と卑猥な水音に耳が支配された。
ゲームどころではない。早くザンザスを止めなければ。
だがいつの間にかザンザスの手がシャツの中へと潜り込み、胸の突起に触れた。かすった程度であったが、綱重の思考を停止させるには効果は絶大だった。
「ひぅ…や、やめ…あぅ…っ…んぁああっ…」
きゅぅっ、と胸の突起を強く摘まれ、一際高く啼く。力が抜け、綱重はくたりとザンザスの腕の中に凭れかかる。ハァハァ、と荒ぐ息を整えていると派手な音楽が聞こえてきた。
涙で滲んだ視界で前を見れば勝負終了の画面が。
負けたのは自分、勝ったのはザンザス。
「ちょっと待って、今の無し。て言うかノーカン!」
ザンザスの腕から脱け出そうとするが、力は強く無理だった。脱け出す事を諦め、そのままザンザスの腕の中で抗議する。
「何すんだよ。あんな事するなんて」
「あ?」
「あんなの反則っ。やり直し!」
理解していない綱重にザンザスは嘆息してこう言った。
「……テメェが悪い」
「何で僕なんだよ。卑怯な手を使ってきたのはザンザスだろ」
「駄目だとは言ってねえ。要は勝てばいいんだろうが」
平然と至極当然に言ってのけるザンザスに、綱重はもう何も言う気にはならない。
流石は誰よりもマフィアのボスとして相応しい威厳とカリスマ、そして資質を持った男。考え方も正しくマフィアだ。
だがそんな事を考える間、手はシャツの中を這う。ごつごつした武骨な手が脇腹を優しく撫で、そのまま胸へと這い上がった。平らな胸をゆっくりと撫で、登頂にたどり着く。ちょんと、人差し指が突起を突つけば、鼻にかかったはしたない声が、綱重の口から出た。
乱れる綱重と声にザンザスは鼻で笑いながら、彼の首筋にきつく吸い付く。
「ちょ……んっ…も、やめ…あぁっ…」
「負けた奴は勝った奴の言いなりだろうが、ドカス」
いい加減に綱重の抵抗が鬱陶しくなってきたらしく、ザンザスは低い声で唸るように言う。耳元で喋られ、常にはない低い声に危機感を抱きながら、何とか手を止めさせた。
「いくらなんでも、あんな手はないだろ。何も出来なかったんだから」
「……テメェがあんなカスを選んだからだろう」
「?」
ザンザスの言葉に綱重は首を傾げ、視線をゲーム画面に移し――青ざめた。ここで漸く自分の大失敗に気付く。
「ドカスが。くだらねえのを選びやがって」
「待って!話を聞けって!断じて故意じゃない!」
「るせえ。たっぷり可愛がってやるから、覚悟しとけ」
ザンザスは暴れる綱重を横抱きにして、寝室へと向かう。寝室の扉が閉まるその瞬間まで、綱重の喚き声が響き渡った。
END.
11/10/02