ぜんぶきらきら

「なにそれ」
 そんなレイナの問いに答えることなく、綱重は逆に問いかけた。
「ルッスーリアは?」
「今日いる幹部は私とベルだけ」
「げ」
 最悪だ、と頭を抱えたくなる。しかし生憎と綱重の両手は塞がっていた。
「あとボスもいる」
「…………うん、それは知ってる」

 みぃ。みぃ。みぃみぃ。
 綱重が抱えてきたダンボールの中には、まだ目も開いていない子猫が三匹。
「その格好でここまで来たのか」
 どこか非難めいたザンザスの言葉に綱重は縮こまった。道中、薄手のシャツ一枚で寒かったのは紛れもない事実だ。そして今は恋人の冷ややかな視線を浴びて凍えそうである。
 マフラーに口元を埋めるようにして、モゴモゴと言い訳した。
「タオル一枚しか入ってなくて、震えてて、可哀想だったんだもん」
 着ていたコートは子猫たちの毛布に変わったのだ。
「だったらマフラー入れれば良かったんじゃね」
 ベルの尤もな言葉には上手く答えられない。妙な沈黙が場に訪れる。
「ボス、次はコートをプレゼントしてあげたら」
「レイナ!」
 顔を真っ赤にして綱重が声を荒らげてもレイナは“何か間違えたこと言った?”と言わんばかり。ベルは、そういうことかと少し白けた顔だ。羞恥で、耳まで熱い。
「――で、どうすんだ」
 ザンザスの言葉にも、照れ隠しからついついぶっきらぼうに返してしまう。
「どうしたらいいか分かんないから連れてきたんじゃん」
「あ?」
 おっと、失言。
 ザンザスの機嫌の変化を敏感に察知する。綱重だけでなく、レイナとベルも。
 そもそも貴重な恋人同士の時間が、たかが小さな獣三匹に邪魔されたのだ。ザンザスの機嫌が良いはずがない。いくら綱重がプレゼントのマフラーを大事にしていようと、それはそれ、これはこれである。
 責めるような視線がレイナとベルから突き刺さる。綱重は唇を尖らせながら――僕は悪くないと思いつつ、
「飼い主を探す。見つかるまでは僕がしっかり面倒みる」
 そう宣言した。が、力強いとは言いづらい。不安そうな声音が暗に協力を求めていた。
 はあ、と大きな溜め息を吐いたのはベルだ。
「こいつら飼い主見つかる前に死にそうだけど」
「ッ、不吉なこと言うな! こんなに元気に鳴いてるんだから大丈夫だよ!」
「ししっ。だって、これだけちっせーんだぜ」
「う……」
 みぃみぃ。未だ健気に鳴いている子猫たちを覗き込む。ベルの言う通りとても小さいが綱重の目にはちゃんと元気そうに見える。元気だ。多分。
「大体、猫ってこんなに鳴くもん? どっか苦しいんじゃねえの」
「えっ? ……赤ちゃんだから、普通? ……かな?」
 唯一役に立ちそうな記憶、弟の小さい頃を思い起こす。こんな風に四六時中泣いていたような。いや、待てよ。
「何かして欲しいのかも」
「腹減ってんだろ」
 声が重なった。
 驚いてザンザスを仰ぎ見る。
 不機嫌そうにそっぽを向いてしまったのは、きっと照れ隠しだ。自然と笑みが溢れてしまう。
「ん。ザンザスの言う通りだと思う」
「……」
 フンッと鼻を鳴らす音も気にせずに、綱重は明るく問いかけた。
「猫ってなに食べるのかな。さかな? 赤ちゃんだからミルク?」
「知るか」
「牛乳温めればいいかな」
「いいんじゃね」
「“牛乳はお腹を壊すからあげちゃだ・め・よ〜ン!”」
 男三人の動きが止まる。
 文字にすると聞き慣れた語尾の言葉だが、明らかにいつものそれとは違う声、違うトーン。常ならばこの女らしい言葉遣いを操るのは男の声だ。それが女の声で、しかも一切感情のない酷い棒読みで聞こえてくるだなんて、誰だって予想できない。尚且つこの部屋に居る女性は一人きりで、あのレイナであることを考えると、驚きを通り越して恐怖を覚えたとして一体誰が責められよう。
「…………えーっと、ルッスーリアから……?」
「うん。メールにそのまま読めって書いてあったから」
「こえーよ! 突然狂ったかと思っただろ! 鳥肌たった!」
 騒ぐベルを無視して、レイナはメールの続きを読んだ。あれをするなこれをするなと細かい注意が長々続いていたのでスクロールして、一番重要と思われる最後の一文だけ伝える。
「まず動物病院に連れていきなさいって」
「ふうん」
 ――で、動物病院はどこにあるんだ?
 三人ともそれぞれ浮かべている表情は違うものの、言いたいことはそれであろう。レイナが口を開くのを待つだけで動く気配がまったくない。
「綱重には子猫の世話なんて出来ないと思う」
「……それもルッスーリアのメールに?」
「違う。私の意見」
「なんで!?」
 ショックを受ける綱重を見て、声をあげて笑っているベルフェゴール、笑いはしないもののその通りだと思っていることは間違いないザンザスにも同様のことが言える。言いはしないが。
 まったく役に立たない男たちを尻目に、レイナは黙って近くの動物病院を検索するのだった。


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