家族の肖像

「わっ!」
 寝ぼけ眼の沢田綱吉は、リビングに入るなり声を上げた。
「に、兄さんっ、何でいるの」
 思わず口にした言葉は、驚きの余りまるで責めるような調子になってしまった。ピタリと、玉子焼きにのばされていた箸が止まる。同時に、兄がスッと目を細めたのがわかってツナは竦み上がった。
 ツナは、この一つ年上の兄のことを非常に苦手としていた。
 父譲りの金髪に、色素の薄い瞳。細いフレームの眼鏡をかけた兄の容姿は、弟の自分から見ても完璧だった。そして兄の完璧なところは容姿だけでなく、彼は、幼い頃から勉強もスポーツも何でも完璧にこなす男だった。現在は、某有名私立中学に通うそんな兄と、何をやってもダメであだ名がダメツナな自分。劣等感を抱くなというのは無理な話である。――だが、兄を苦手としている理由は、それではない。
 眼鏡の奥からこちらに向けられた鋭い視線は、数秒もしないうちにふいっと外される。それきり、興味を失ったというよりはまるで最初から存在を認識していないかのように、兄は、こちらを見ようともしなくなる。
(これだよ……)
 何事もなかったように再び動き出した箸を見やり、ツナは小さく息を吐いた。正しい箸づかいで食べ物を口へと運ぶ姿は、ただ朝食をとっているだけだというのに絵になる。どこかから女の子の歓声が聞こえてきそうなほどだ。
 こんなにも完璧な兄は、自分を見ると苛つくのだろうとツナは思う。兄は、ダメダメな弟の存在が許せないに違いない。
 そう、昔から自分は兄に嫌われているのだ。
 その証拠に兄とは幼い頃からろくに話したことがないし、視線を合わすことすら――今のように何度か睨まれた記憶しかない。特に兄が中学に進学してからは、顔を合わせる機会も減っていた。兄は電車で通学するためにいつも朝早く家を出るし、帰りも図書館で勉強してくるだとかで遅い。兄が食事をとっている所を見るのも久しぶりだ、そう考えて、改めてツナは首を傾げる。今日は平日だ。いつもなら兄はもう家を出ているはずなのに。
「お兄ちゃんは今日は創立記念日でお休みなのよ」
「母さん」
「ほら、そんなところに立ってないで早くご飯食べちゃいなさい」
 促され、席につく。母の奈々は、ツナの前にご飯をよそった茶碗と味噌汁を置きながら、兄へと向き直った。
「聞いてちょうだい。ツナったら、いつもこんな時間に起きてくるのよ」
「べ、別にいいだろ! 遅刻はしてないし!」
「いつも遅刻ギリギリだっていうじゃないっ。昨日なんか午後からサボって帰ってくるし……入学したばかりなのに」
 お兄ちゃんはそんなこと一度もないのに。そんな母の心の声が聞こえてきそうで、ツナは眉を顰めた。
 早く食べて、学校へ向かおう。学校もけして楽しいわけじゃないが、兄がいないという点では最高だ。
 そろそろ中間テストもあるし、などと続いている母の言葉を聞かないようにしながら朝食を掻きこむ。
 しかし。
「そうだ。綱重、ツっ君の勉強見てあげてくれない?」
 思わず、ぶっ、と噴き出してしまった。
「あらあら、何してるの」
「いや、だって! 何言ってんだよ母さん!」
 兄さんに勉強を教えてもらうだなんて冗談じゃない。机の上に飛散したご飯粒を布巾で掃除しながら、ツナは兄の方をチラリと見やった。大体、そんなの、兄だって御免だろう。
 兄は、母に言ってくれた。
「……家庭教師でもつけたら」
「っ、やだよ、そんなの!」
 家庭教師なんて、それも冗談じゃない!慌てて声をあげるツナに、奈々が頷く。
「そうよね、折角お兄ちゃんがいるんだもの」
「いや、そうじゃなくて……!」
「ね、ちょっとでいいのよ」
 笑顔で兄に詰め寄る母。勘弁してくれ!と朝から泣きそうになるツナを救ったのは、兄の一言だった。
「嫌だ」
 シン……、と静まり返る室内。母が笑顔のまま固まっている。ツナも、これでこの話は終わると思いつつも、兄のあまりに冷たい声音に喜ぶことができずにいた。
「ごちそうさまでした」
 きちんと手を合わせて言い、使った食器を流しに運ぶ綱重。勉強するから邪魔しないで、そう言って二階の自室に戻っていく兄を、ツナは複雑な気持ちで見送った。


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