本当のお前

 強面を見上げる綱重の顔には、“絶対に吐いてもらう”という気迫がみなぎっていた。
「一体、何を隠しているんです」
「何も隠してなどいない!」
 きっぱりと言い切った草壁の額には、しかし汗が滲んでいる。
「……では、質問を変えます。雲雀は今どこにいるんですか?」
 綱重の眼鏡が照明を反射して光る。草壁は、警察の取調室でライトを浴びているような気分になり、息を詰めた。
 そんな草壁の抵抗は暫く続いたが、綱重が脅すのはやめ、真剣に頼みこむ作戦に出たところ、彼は渋々口を開いた。
 そして。
 ――馬鹿馬鹿しい! こんなことなら一週間近くも悩んでいないでさっさと聞きにいけば良かった!
 綱重がこんな風に考えるのも当然である。
 なんてことはない。
 雲雀恭弥は、風邪にやられていた。
「風邪をうつしてしまったと知ったらお前が気に病むと思ったのだろう。委員長の漢気だな」
 漢気とは何なのかわからなくなるようなセリフをしみじみ吐いていた草壁には言えなかったが、雲雀はただ単に「風邪なんてひかない」と豪語した手前、綱重を遠ざけるしかなかったのだ。拗らせて入院をするぐらい本格的に風邪に罹ってしまったのなら、尚更隠したくもなるはずだ。
 もうすっかり回復していて明日明後日には退院できそうだということまで草壁から聞きだした綱重は、慌てて雲雀が入院しているという病院に向かっていた。
 見舞いに行くのではない。それ見たことかと、思いきり笑いに行くのだ。
 昨夜もあまりよく眠れなかった所為か、雲雀の反撃を心配するどころか、その可能性にすら思い当たらない。綱重の足取りは軽く、すぐに病院についてしまった。
 ところがそこに思わぬ障害物が現れる。
 並盛中央病院の前には、この場にはそぐわない派手な色の外車が停まっていた。並盛でこんな高級車に乗っている人間はそうはいないが、綱重は乗っている人間を一人、知っていた。引き返そうとしたもののそれよりも早く呼び止められてしまう。
「よお! 綱重、お前も見舞いか?」
 キラキラと輝いているのは髪だけでなく、その笑顔もだ。真っ赤なフェラーリから颯爽と降りてきたディーノは、相変わらず気さくな様子で綱重に話しかけてくる。初対面のときと変わらない爽やかな笑顔と穏やかな言葉。
 挨拶さえろくに返さず、まるで見えていないかのように存在を無視し続けられて、それでもまだ綱重と仲良くしたいらしい。おかしな男だと綱重は思う。
 弟でさえ諦めたのだ。父と母だけは昔から変わらないが、それは両親だからだ。血の繋がりがあるわけでもないディーノが何故こんなにも食い下がるのか、綱重には理解できなかった。
「あー! 待て待て! どうせなんだから一緒に行こうぜ!」
 いつも通り無視して、横をすり抜けようとした綱重の腕をディーノが掴む。
 一緒にと言うが、二人が見舞う相手は違うはずだ。ディーノが誰を訪ねてきたのかは知らないが、少なくとも雲雀とディーノが知り合いであるとは思えなかった。また、彼の傍らにスーツの男――ロマーリオである――が居ることからも、彼の目的は仕事関係の知り合いだと推測できる。
 眉を寄せた綱重に、ディーノは少しばつが悪そうに続けた。
「今回のこと、ツナに怪我させちまって、本当に悪かったと思ってる。綱重にも心配かけて、」
「――怪我?」
 眼鏡の奥の、薄い色の瞳が見開かれる。
「怪我、だって……っ? 綱吉が!? あんた一体何をしたんだ!」
「うわっ」
 綱重はディーノの胸倉に掴みかかった。
 咄嗟にロマーリオが身構えたことにも、それをディーノが視線だけで制したことにも気付かないほど綱重は動揺していた。ディーノが故意に何かをしたなどとは思っていないが、この青年が時折酷いドジをすることを綱重は知っている。加えて、弟は昔から運が悪いのだ。そんな二人の組み合わせならば、何があってもおかしくない。悪い想像が一気に広がる。
「綱重もツナの見舞いに来たんだろう?」
「見舞い!? 入院してるのか!?」
「……んん?」
「とぼけるんじゃない!」
「いや、奈々さんから聞いていないのか? だったら何でここに?」
「いいから答えろ!」
 掴まれた胸倉をガクガクと揺さぶられたディーノは、「わかった、わかった!」と両手をあげる。
 まず、綱吉の怪我は大したものではないらしい。みんなでピクニックに行ったところ転んでしまったのだという。すぐに退院も出来るようだ。
 それを聞いてほっとすると同時に、綱重は己の失態に気がつき、青ざめた。掴んでいた胸倉はすでに離しているが問題はそこではない。
「オレがついてたのに、すまんっ」
 頭を下げるディーノだが、彼の責任でないのは明らかだ。綱吉を無理矢理に連れ出したというわけでもないのだろう。ディーノは綱重よりもずっと兄らしく綱吉に接していたし、綱吉もディーノと一緒にいるときは凄く楽しそうだ。二人はまるで本当の兄弟であるかのようで――。
 弟と不仲の兄が、口を出す事柄ではなかった。綱重にはディーノを責める権利はないし、ディーノも綱重に謝る必要はない。
 綱吉の無事がわかった途端、そう冷静に考えることが出来る。
 今更「そんなこと自分には関係ない」と吐き捨てても無駄だ。胸倉を掴むほど必死になって弟の容体を聞き出したのだから。
 でも何か言わなければ。他人に興味がなくて、家族にすら冷たい、人として欠陥のある“沢田綱重”として何か……。
「取り繕う必要はねえよ」
 弾かれたように顔をあげる綱重にディーノはニカッと笑う。
「最初は感じの悪いやつだと思ったが、すぐに本当のお前に気が付いた。興味ない振りしてても、いつもランボやイーピンが怪我しないようちゃんと気をつけて見ているし、奈々さんも“私が疲れたなあって思ってると何も言わないのに手伝いをしてくれる”って教えてくれたからな!」
 綱重は、驚きすぎて、何を言われたのかすぐには理解できなかった。
「それから何よりも、お前のツナを見る目。目がすごく優しいんだよな。あれを見れば綱重が本当は弟思いのいいやつだってことが一発でわかるぜ。ツナの前ではどうしてあんな冷たい目をしてるんだ? あいつ、兄さんに嫌われてるって誤解してたぞ?」
 徐々に湧き上がる恐怖の感情が、驚きを飲み込み、綱重から言葉を奪う。
「綱重?」
 のばされたディーノの手に大袈裟なほど体を揺らし、綱重は後ずさった。
「俺に構うなッ!」
 言えたのはそれだけ。
 炎が噴き出す感覚はなかったけれど、庇うように両手を重ね合わせながら、その場から逃げ出した。自動ドアが開くのが遅いと感じるほどの速さで病院に駆け込む。
 ディーノが追ってくることはなかった。

「ボス」
「ん、なんだ。お前らも来たのか?」
 道路の向かい側からぞろぞろと現れる屈強な男たち。全員、ディーノの部下だ。
「人数は多い方がいいでしょう」
「それより、ボス。モタモタしてる暇はねえんじゃないですかい」
「……ああ」
 病院は暗殺にはもってこいの場所。
 ディーノがここに来たのも、可愛い弟分に身を守るための武器を渡すためなのだ。頼もしい部下たちは早速、それぞれ辺りに目を光らせてくれている。これならばきっと、ボンゴレファミリーの大切な後継者がこれ以上の傷を負う心配はない。
 ――心配なのは。
 病院の入り口に、すでに綱重の姿は見えない。
 ディーノはガシガシと頭を掻いた後、気持ちを切り替えて、部下たちに向き直った。
「よし。行くぞ」
 キャバッローネファミリー10代目の、威厳に溢れた声が告ぐ。


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