「ツナ、すごく頑張ったのよ」
枕に顔を埋めたまま、知ってるよ、と呟いた。もちろん母には届かない。綱重の声が小さい所為もあるが、部屋の外で――鍵をかけていなければ入ってきていただろう――「それなのに一人で先に帰ってきちゃって!」と母が声を荒らげている所為でもある。勝手な帰宅だけでなく、女の子たちへの態度についてもまだ怒っているようで、お説教は長々続いた。
暫くして、綱重に鍵を開ける気がないと知ると、諦めたのか扉の向こうから気配が消えた。階段を降りる足音からも母の怒りが伝わってくる。
届かないとわかっていて言葉を紡いだ。
「ちゃんと見てたから」
結果はA組の負けだったが、総大将である弟の気迫溢れる様子に――最後の方は花火かなにかでよく見えなかったものの――綱重はひどく驚かされたのだった。
服を脱ぎ捨て、威勢よく敵の陣地に飛び込んでいった弟は、綱重の知っている気弱な弟ではなかった。
いつの間にあれほど逞しくなったのだろう。
何も知らなかった。総大将を辞退しろだなんてよく言えたものだ。綱吉が怒るのも当然だ。あまつさえ“いじめられているのかも”だなんて余計な心配もしたりして。馬鹿馬鹿しい。弟には、仲の良い友人がちゃんといる。わざわざお弁当を作りに来てくれる女の子だっている。リボーンやランボの世話だって、自分よりも、よっぽどよくしているじゃないか。
家を出よう。
ぽんっと頭の中に浮かんだ。
どこか遠くの、全寮制の高校に行こう。専門学校でもいい。将来何がしたいかなんて希望はない。とにかく早く家を出て、自立するのだ。
今までは、高校を卒業するまではこの家に居ようと思っていた。雲雀のおかげで炎のコントロールが出来るようになってからは特にそうだ。頼りない弟には家と母を任せられないから、と。
言い訳だった。家を出ないための理由に弟を使っていただけ。こうなって、ようやくそれに気がついた。
「……馬鹿な考えは捨てろ、綱重」
仰向けになり、右手を天井に向かって掲げる。
意識して炎を出すのは初めてだったが、上手くいった。真っ白な炎がどこからか湧き上がり、手のひらに灯る。穏やかな炎だ。けれども感情が高ぶって溢れた場合にはこんなものでは済まないことは、よくわかっている。
ほら。家を出ないなんて選択肢は存在しない。
体の熱が失われていく。まるで胸の奥に氷の塊でもあるようで、どんどん、指先まで冷えきっていく。燻るようにして炎も消えていった。
並盛を離れると言ったら雲雀はなんて言うだろう。借金を返し終わってないと怒るだろうか。休みには帰ってくるということで納得してくれたらいいけれど。
「“それならもう来なくていいよ”なんて言われたりして」
笑おうとしたけれど、口元が不自然に引き攣るだけだった。