夏祭り 4

「あの野郎、この辺じゃ随分有名らしいな。騒ぎが起きるとフウキがどうのって言いながら現れるって」
「丁度よく喧嘩してる奴らがいたから、オレらがちょっと騒ぎ大きくしてやったら、やっぱり飛んできたぜ」
 ニヤニヤと顔を見合わせる男たちだったが、俺が何の反応も示さないのが気に食わないらしく、すぐに顰めっ面になる。
「おい。スカしてんじゃねえぞ」
 鼻にピアスをした男がドンッと俺の胸を押した。
「オレはテメーみてえのが一番ムカつくんだよ。強えヤツの影に隠れてデカいツラしてるヤツがよ」
「今日は誰も助けになんか来ねえぜ。あいつがいくらバカ強くても、あれだけの人数がやりあってんのはすぐには止められねーだろうからな。残念だったなあ」
 馬鹿にしたような笑い声があがる。大人数で一人を囲んでいる安心感からか、ナイフは仕舞われ、再び俺を拘束する気もなさそうだ。そんなことしなくとも逃げられるはずがないと思っているのだろう。
 俯くふりをしてこっそり辺りを窺う。
 ここまで来た道を戻るよりも屋台のある方に向かうべきだろうな。傾斜があって走りにくそうだし、茂みや、張り出した木の根に躓く可能性だってあるが、追いかけてくる側にとっても条件は同じだ。全員、図体はでかいが何か運動をしている風ではない……服に染み付いた煙草の臭いからもその不摂生ぶりが窺い知れる。こちらが何もできないと油断しているようだし。
 逃げきれることを確信し、スタートダッシュをきるべき瞬間を待った。
 戦うという選択肢は無かった。相手は六人で、凶器だって持っている。絶対に負ける。最悪、殺されてしまうかもしれないのだ。逃げるしかない。
 そう、思っていたのに。
「ビビって声も出せねえってか」
 金髪の男が手をのばしてくる。殴るか胸ぐらを掴む気だと咄嗟に身を竦める俺の頭上に、その手はのびてきた。頭に引っかける形で着けていたため、それは、やすやすと奪われる。
 どう見ても子供向けのお面を見、男はハッと馬鹿にした様子で笑った。そして、止める間もなく――例え「やめろ」と声をあげても聞き入れられなかっただろう――地面に放り投げると、汚い靴でぐしゃりと踏みつけた。
 好きで被っていたわけじゃない。雲雀が強要したから、仕方なく着けていただけだ。当然、何の愛着もない。
 けれど、音を立てて割れたそれを見て、俺の体は勝手に動いていた。

「うぐぁ……!」
 渾身の力を込めて放った右ストレートが金髪の男の顔面をとらえた。
「てめぇ!」
「何しやがる!」
 口々に汚い言葉を吐きながら、襲いかかってくる男たち。
 左から来た男の鳩尾を蹴りあげ、蹲ったところで更にもう一発蹴りを食らわせてやる。するとそいつの後ろにいた帽子の男をも巻き込んで、二人仲良く茂みの中に転がっていった。狙い通りだと喜ぶ暇もなく、右から大きく振りかぶった拳が飛んでくる。
(――もっと脇をしめて)
 いつか雲雀に言われた言葉が蘇る。
 確かに、こんな大振りをしていては駄目だ。簡単に避けることが出来てしまうから。
 頭を下げてパンチを避け、カウンターを繰り出した。空振りをして体勢を崩していたところに思わぬ反撃を喰らい、男の体はいとも簡単に宙を舞う。
 こいつら、動きが鈍すぎる。雲雀と比べたらまるで止まっているみたいだ。
 そう思ったのが伝わったわけではないだろうが、
「うおおおお!」
 そんな声をあげて、残った二人が前と後ろから一斉に向かってきた。ほんの少しだけ、後ろから来る男の方が速い。
 跳び上がりながらくるりと体を反転させ、そのまま回し蹴り。男が地面に倒れ込む姿を見ながら、肘打ちでもう一人も潰す。

「はぁっ……はぁっ……」
 呼吸が乱れる。さっきまであんなに冷静に考えて、動けていたのが嘘みたいだ。心臓がバクバクして苦しいし、体の震えも止まらない。
「……ッどけ、重いんだよ……!」
 向こうの茂みから聞こえてくる声にはっとして顔を上げる。蹴りで倒した男に巻き込まれた帽子の男だ。
 今すぐここから逃げないと……!
 慌てて駆け出したものの、忘れ物に気づいて踵を返す。あれを忘れるわけにはいかない。もう使えなくたって関係ない。だって、あれは、あいつが、
「……っ!」
 気配を感じ、振り向いた時にはもう、すでに金属バットが振り下ろされていた。
 咄嗟に、腕で頭を覆う。ただ頭を庇うつもりだった俺の腕は、しかし、攻撃をがっちりと受け止めていた。条件反射だ。
 加わる衝撃は大きいはずだった。バットを掴んだ手のひらに炎が灯っていなければ――きっと、腕の骨が砕けてしまっていただろう。だが、こんな異常な体質を他人に知られるくらいなら骨が砕けた方がマシだ。
 バットから手を離し、体を後ろに引く。
 幸いなことに、男は“人間の手のひらに炎が灯っている”という異常事態には気がつかなかった。
 気づいていたとしても、一瞬だったし、見間違いだと思ったのだろう。それよりも、そんな場合ではなかったという可能性の方が高いだろうか。
「……の野郎、なめやがって……ぜってー許さねえ……!」
 血走った目を見れば、男の理性が切れていることは明白だった。
 髪を振り乱し、殴られてひしゃげた鼻からは血を垂れ流したまま、バットを振り回す姿は狂気に満ちている。
「死ねえええ!」
 大した攻撃ではないのだが、尋常じゃない様子の相手に気圧される。はっきり言ってかなり恐い。危険を感じている所為で、手のひらが再び熱を持ち出していることもまた俺を焦らせる。
 そんな状態で反撃の機会を見つけられるわけもなく、ひたすら攻撃を避け続けるしかない。そして背後への注意も疎かになっていた。
「捕まえたぞ!」
 いつの間にか、仲間の下から這い出していた帽子の男。羽交い締めにされて、ようやく彼の存在に気がついた。
 自由を奪われ慌てふためく俺とは逆に、金髪の男は、仲間の出現で少し落ち着きを取り戻したらしい。鼻血をぐいっと拭った手で、バットを握り直している。
「へへ……これでもう逃げらんねー、なぁっ!」
「ぐ……!」
 バットのヘッドが腹にめりこみ、吐き気が込み上げる。
「楽には死なせねえぜ」
 言葉通り、凶器を使い一撃で沈めることはせず、男は拳で俺の頬を殴打する。
 どいつもこいつも顔を狙いやがって。母さんへの言い訳を考えるの、大変なんだからな。
「なんだあ? その目は」
 もう一発殴られて、眼鏡が弾け飛ぶ。壊れていないことを祈るばかりだ。

 ああ。
 やっぱり、祭りになんて来なきゃよかったんだ。


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