夏祭り 3

「……大丈夫ですか?」
 呻き声をあげ地面に踞る姿は、明らかに大丈夫ではないのだけれど、他に言葉が見つからない。
 何の役にも立たない俺の声に返事をするかのように、長身の体がよろよろと立ち上がる。が、案の定、数歩歩いただけでぐらりとよろめいた。
「草壁さんっ」
 慌てて腕を取り支える。同時に、尚も前に進もうと足掻き続けている体を引き止めた。
「無理しないでください!」
「くっ……委員長の、恭さんの元に行かなければ……!」
「雲雀に全て任せておきましょう! あいつなら相手が何十人居ようと大丈夫だろうし、大体、そんなフラフラな体で行っても邪魔だって怒られるだけ、で……」
 しまった、と口を噤んでももう遅い。
「……す、すみません……」
「――いや、お前の言う通りだ。確かに今の状態では、委員長の不興を買うだけだろう」
 フッと自嘲の笑みを浮かべる草壁さんの姿に、すみません、ともう一度謝罪の言葉を口にした。
 長身の体を人気のない社殿に寝かせると俺は早口で告げる。
「あの、何か、飲み物買ってきます」
 草壁さんは要らないと言ったけれど、気まずさに堪えられなくて強引にその場を離れた。

 人と関わるということ。人を思いやるということ。それらは、手のひらから上がる炎を制御するよりも難しいと思う。
 他人を傷つけたいわけじゃない。でも一々言葉を選んだりフォローしたりなんて、今までの俺にはする必要のないことだったから上手くできないし、正直面倒だとも思う。そのくせこうして誰かを傷つけるたび罪悪感を覚えているのだから我ながら始末が悪い。
 長い階段を降りながら溜め息を吐いた。
 雲雀が羨ましかった。他人の気持ちなんてこれっぽっちも考えていない行動の数々は、あそこまでくるといっそ清々しささえ感じられる。あいつみたいに好き勝手振る舞えれば楽だろうな。
 さっきだってそうだ。
 大規模な乱闘騒ぎが起きていると伝えにきた草壁さんを雲雀は思いきり殴りつけた。理由はわからない。何かが雲雀の逆鱗に触れたのだろうが、考えるだけ時間の無駄だ。あいつの考えていることなんか解るはずもない。あいつ、その前から何だかおかしかったし……。
 驚くほど、近すぎるってほど、目前に迫ってきた端正な顔。草壁さんが来なければ、あのままもっと近づいてきたんだろうか。唇と唇が触れるまで。
 そこまで考えて、慌てて首を横に振る。
 どうせまた人をからかう気だったに違いない。草壁さんに感謝だ。いいタイミングで現れてくれて助かった。
 ああ、もしかしてそれで怒ったのだろうか。俺をからかうのを邪魔されたから。
 雲雀が、罪もない草壁さんを一撃で沈めたあと颯爽と駆けていった方向を、憤りを込めて見やる。四つのグループが入り乱れての喧嘩だそうだが、もうそろそろ鎮圧されている頃だろう。その場にいた全員が問答無用で咬み殺されているはずだ。
 ……。
 ……あいつも、何か飲むかな。一応買っていくか。また草壁さんが殴られたら大変だし。

 いつの間にか足を止めて、ぼんやりそんなことを考えていた。だから、横から伸びてきた手に捕まるまで、俺はそいつらの存在に気がつかなかったんだ。
 あっと思ったときにはもう横の茂みの中へと引きずり込まれていた。
 相手は二人。帽子をかぶった男が俺を後ろ手に拘束し、もう一人がナイフを取り出して
「大人しくしろ」
 と言った。単なる脅しだとわかっていた――訓練と称して雲雀が向かってくるとき、いつも感じるピリピリしたものをこの男には感じなかった――が、かといって二人相手にやり合う度胸はなく、大人しく言う通りにするしかない。

 進んだ先に、少し開けた場所があり、高校生ぐらいの男が四人待ち構えていた。金属バットを持っている者、指にメリケンサックをはめている者までいる。
「よお。元気そうだな」
 そう言う男の顔に覚えはなく、眉根を寄せる。
 そもそも俺には、彼ら一人一人を見分けることすら難しい。
 金や茶に染められた髪。だらしなく着崩した服。校則で縛られているわけでもなし、どうして同じような格好をしているんだろう。
 雲雀がよく口にする“群れ”という単語が頭に浮かぶ。人のことを草食動物だの群れだのと失礼極まりないと思っていたが、これでは群れと呼びたくなる気持ちもわかる。
「怖くて声も出ねーか? あ?」
 群れの中心にいた金髪の男が、俺の顔にバットを突きつけながらニヤニヤと笑った。その下卑た笑みを見て、ようやく思い出す。いつかの日、俺に絡んできて、雲雀がボコボコにした奴らだ(そしてそのあと俺も殴られた)。
 単なるカツアゲだと思っていたが――
「この間の礼は、たっぷりさせてもらうからなぁ」
「覚悟しろよ」
 ……つまり、そういうことらしい。


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