夏祭り 2

 きつく握られた手は痛いくらいだったが、神社に着けばそんなことどうでもよくなった。こんなお面を被っていればさぞ目立つだろうと思ったのに、周りによく馴染んでいたし、俺たちが手を繋いでることなんてここじゃ誰も気にしない。時折、屋台の店主が頬を引き攣らせるけれどそれは雲雀に気がついたからで、俺のことは一切目に入っていないようだった。ショバ代ならもう払いましたよ、声を震わせながら申告してくるおじさんたちを無視して突き進む雲雀に、手を引かれるまま参道を歩いた。
 祭囃子を背景に、楽しげな笑い声や軽やかな下駄の音が耳を擽る。もう夜だというのに気温は高く、人波の合間を歩き続けた体には汗が滲む。雲雀に手を引かれていなければきっと何人もの人にぶつかっていただろうし、何度も転んでいたに違いない。狭まっている上、酷くぼやけた視界に溢れるたくさんの色彩と光に、俺は、目を奪われていた。暑さに浮かされているのかもしれなかった。子供のはしゃぐ声を間近で聞いたりすればいつもなら眉を顰めるところだけれど、ドキドキと、妙な高揚感に包まれて。慣れない人の波に不快さを感じることも忘れていた。


 ――とはいえ、慣れないことは決してするものではない。
「気分は?」
 火照った顔を扇ぐのに使っていたお面を横に置き、差し出されたラムネの瓶に手を伸ばす。
「ここにいたら大分良くなった」
 呻くようにして答えた言葉に雲雀は頷き、俺の隣に腰を下ろした。社殿に続く長い石段。先程までカップルが一組、中腹あたりに座っていたけれど、今は最上段に腰掛ける俺たちしか姿はない。
 雲雀が黙ったままビニール袋を押し付けてきた。見なくても、中身が何かわかった。冷えた炭酸水で人心地ついた俺は、素直に礼を言う。そういえば夕飯も食べていなかったと思い出して、急に腹が減ってきたのだ。たこ焼きに、焼きそば、お好み焼き。一人で食べるには量が多いと思ったけれど、雲雀は一切食べないつもりらしい。捨てるのは勿体無いし、持ち帰って綱吉たちに見つかるのも困る。食べられない分は、草壁さんか誰か、食べてくれればいいけれど。
「疲れた?」
「……祭りなんて、初めてだから」
 お好み焼きを口に運びながらそう答えると、雲雀が僅かに目を見開く。そんなに驚くことだろうか。確かに来る機会はたくさんあった。昔、父さんと母さんは何とか俺を連れ出そうとしていた。結局、早く祭りに行きたい綱吉に泣かれ、母さんと俺は留守番をすることになるのに、それでも二人は毎年必ず誘ってきた。
 息子がこんな気味の悪い体質だと知ったとき、親としての苦しみは計り知れないだろう。
 一生隠し続けるつもりだが、最悪の事態は常に頭の中にあった。だったら最初から、どこかおかしい息子であればいい。そう思って積み上げた壁を、両親は、関係ないとばかりにいつも叩き壊そうとする。向けられる温かな笑顔に頷きかけ、それでも何とか突っぱねることが出来たのは、単純に行きたくないと思っていたから。
 全部嫌だった。
 人混みも、暑さも、近所中が浮き足立った雰囲気も。泣くほど行きたがる綱吉が不思議でならなかった。
 けれど、と、眼下に広がる柔らかな光に目を細める。
「思ってたより悪くなかったな」
 一度くらい行けば良かった、とは思わない。例え夏祭りがそう悪いものじゃないと解っていても、それでもやっぱり俺は行かないことを選ぶだろうから。それに横暴な風紀委員長と一緒に来るくらいが俺にはきっと丁度いい。
 クス、と小さな笑いを溢した俺の頬を指がなぞっていった。びくりと肩を揺らして振り返る。笑みを咎められたのかと思ったが、雲雀は、ソース、と囁くように告げた。
「え、どこだよ」
 雲雀が触れた辺りに手をやると、何故だかその手は掴まれてしまい。
「もう取れた」
 そう言う雲雀の顔が間近に迫り。

 ドン、と花火が打ち上がった。


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