夏祭り 1

 夕御飯を食べる時間はなかった。綱吉と居候たち、全員分の食事をテーブルに並べ終えた俺は急いで家を後にした。昨夜いきなりかかってきた電話により無理矢理約束させられた時間の五分前。すでに指定の場所――並中の校門前には雲雀が立っていた。いつも通りの制服に風紀の腕章をつけた雲雀は、俺が来たことを確認すると何も言わずに歩き出した。何故呼び出されたのかも解らないまま、ついていく。
 呼び出しの理由を知ったのは、浴衣姿の女の子たちがちらほらと目につくようになってからだ。昼間の弟の言葉を思い出し、まさかと思いながらも口を開いた。
「もしかして、祭りに行くのか?」
 何を今さら、という顔で雲雀が振り返る。
「……そんなの全然聞いてないんだが」
「そうだった? じゃあ今言ったから」
 涼しい顔で告げる雲雀。顔を顰め、俺は溜め息混じりに尋ねた。
「これも風紀の仕事なのか?」
「他に何があるの」
「俺たちだけ? 草壁さんや他の皆は?」
「すでに向こうで仕事しているよ」
「仕事、って」
「パトロール。引ったくりやスリが多いからね。それと揉め事が起きた場合、仲裁もする」
 予想外に至極まともな内容に驚く。けれど当たり前にそれだけではなく、言葉は続けられた。
「あと活動費の徴収」
「活動費? 一体誰から」
「祭りに出展してる屋台からに決まってるでしょ」
「…………つまり、所謂みかじめ料……」
「“活動費”だよ」
 足を止め、こめかみを押さえる俺に雲雀がどうしたのと声をかけてくる。尋ねると言うよりも何をしているのだと咎める声音だった。
 鋭さを増した雲雀の目をちらりと見返したあと、横を通りすぎていく人々に視線を移す。途端、側を歩いていた女の子と目が合った。それは偶然ではなく、彼女がずっと俺のことを見ていたから。恥ずかしそうに逸らされた目がそう語っている。
 見られるのはいつものこと。でもそのいつも以上に多くの視線が集まっているのを感じるのは、雲雀が一緒に居る所為だろう。それだけこの男は目立つのだ。
 祭りの会場に、小学校時代の同級生や、近所の人が一人も居ないとはとても思えない。彼らに雲雀と一緒に居るところを見られたら。そして母や弟の耳に入ったら。……俺の体質のこともそうだけれど、こんなことに関わっていると知られたくない。しかし、帰りたいと言ってはいそうですかと了承してくれるような男でないことはよく解っている。何と言えばこの場を離れられるだろう。ストレートに行きたくないと言ってみるか。きっと殴られる。殴られるのは、痛いし、恐い。騒ぎになるだろうしそうなったら人も集まってくるだろう。そんなの本末転倒だ。あ、腹が死ぬほど痛くて限界だ、とか言ってトイレに行く振りして帰るのはどうか。いや、だめだ。住所なんかとっくに知られているんだ。家にまで来るに違いない。
 必死に悩む俺に何を思ったのか雲雀が言った。
「ここで待っていなよ」


 すぐ戻ってくる、という言葉通り時間にして数分だったと思う。今のうちに逃げようかどうしようか迷っている最中に雲雀は戻ってきた。
「わっ」
 顔に押し付けられたのは、子供向け特撮番組のヒーローのお面だった。俺は興味なかったけれど、弟が小さな頃はこれと同じようなヒーローが活躍する番組をよく見ていた。顔に『炎』という文字が書かれている、かなりインパクトのあるデザインのそれを手に、俺は暫し固まった。
「それをかぶっていれば大丈夫でしょ」
 早くしろ、と急かしてくる視線に気づかない振りで、首を横に振る。
「眼鏡してるから無理だ」
「外せば」
「外したら殆ど見えない」
 即座に返された言葉に同じくすぐ返事をする。
 行きたくないし、お面もかぶりたくない。そんな思いを込めて口にした言葉は弟の綱吉が聞いたならば黙り込むだろう冷ややかな響きだったが、やはり雲雀恭弥には通じなかった。
 彼はやにわに俺の手を掴み。
「これで問題ないね」
 きっぱりと言い切った雲雀は、驚きすぎて何の反応も出来ない俺の手を引きながら神社へと向かったのだった。


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