冷やし中華始めました

「お祭りに行くの?」
 そんなわけがない。発した瞬間、自分でもそう思った言葉は当然のように、
「……祭り?」
 怪訝な声で返された。
 兄の綱重が誰かと遊びに出掛けたことなど自分の知る限り今まで一度もない。大体この兄が祭りだなんてあまりにミスマッチではないか。なのに、今夜少し出掛けるから、と兄に言われた瞬間、祭りに行くのだろうとどうしてだか思ってしまった。
「えー……と、なんかあるらしいよ……神社で……」
 モゴモゴと口の中で不明瞭な言葉を紡ぐ。そして誤魔化すかのように、遅めの朝食兼昼食――さっき起きたばかりのオレにとっては、だ。兄さんにしてみれば早めの昼食――である冷やし中華を口に運んだ。
 現在、食卓についている……いや、家にいるのはオレと兄さんの二人だけだ。母さんは二日前から旅行に出掛けていて、リボーンたち居候は朝飯を食べて外に行ったきりまだ戻っていないらしい。家の中はいつもと比べものにならないくらい静かだ。
「祭りに行くのか?」
「へ?」
 一体どうしたというのだろう。兄さんから話しかけてくるなんて、それも先程の“夜出掛ける”という一方的な宣言とは違う。オレに問いかけてきているのだ、あの兄さんが。
「友達と。約束してるのか」
 今度は、尋ねながらもそう確信しているような響きだった。
「え、え……と?」
 戸惑うオレに兄さんは更に続ける。
「俺の方は大した用じゃない」
 つまり、気にせず祭りに行ってこいと。
 すぐに言葉を返せないでいると、兄さんは立ち上がって戸棚の中から財布を取り出した。そして財布――母さんから、食費や何か必要なものがあるときにはここから出すよう言われて渡されたものだ――から千円札を数枚抜くと、オレにそれを寄越した。
「や、約束なんか、し、してないから!」
 渡された小遣いを突き返し、言った。慌てた所為か噛んでしまったので、兄さんは最初疑わしげな目をしていたけれど何度も繰り返せば嘘ではないと分かってくれたようだ。
「オレ、ちゃんと留守番するし、ランボたちのことも見ておく。大丈夫だから行ってきてよ」
 数秒の沈黙の後、兄さんは頷いた。
「……わかった」
 溜め息と共に発せられた言葉は小さくて、もしかしてあまり気の進まない用事なのだろうか、と思った。益々兄さんがどこに行くのか気になったけれど、聞けるはずもなく(聞いたとしても答えてはくれないだろう)、オレは黙って残りの中華麺を啜った。


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