君のもの

「大体ここに来なきゃ、奴らに絡まれることもなかったんだ」
 頬を押さえながら呟いた。
 ここは、並盛と俺が通っている学校を結んだそのちょうど真ん中にあたる場所に位置している。普段は電車で通り過ぎるだけの駅で途中下車したのは、雲雀にそう指示されたからに他ならない。“そっちで用があるからついでに迎えにいくよ”だなんて。今更俺が逃げるとでも思っているのだろうか。
「人の所為にしないでくれる?」
 ちらり、と切れ長の瞳が冷ややかな視線を向けてくる。
 ……まあ、確かに絡まれたのは俺の外見が目立つ所為だろうけどさ。それに、雲雀に助けてもらったのは事実だ。でも、その後で思いっきり殴られたから、素直にお礼を言う気にはなれないのもまた事実だった。
「――はい、これ」
「え?」
 おもむろに渡されたのは白色のジェットヘルメット。そして雲雀の隣には、路肩に停まった一台のバイク。タクシーでも使うのかと思っていたが、どうやらこれで並盛まで帰るらしい。
「……雲雀が運転するのか?」
 恐る恐る聞いてみた。
「君、運転出来るの?」
「まさか。俺はまだ十三だぞ? 大型二輪の免許って確か十八歳から、」
「じゃあ僕がするしかないじゃない」
「いやだから免許は、」
 また冷ややかな視線を向けられて口を噤む。
 はい、愚問でした。雲雀恭弥様に道路交通法なんて関係ないことですよね。
「サイズは合ってる?」
「ああ、大丈夫だ」
 ヘルメットはぴったりと俺の頭を覆った。
「……ちなみに、今まで事故を起こした経験は?」
「いい加減にしないと怒るよ」
 仕方なく、バイクに跨がる。腰に手を回してもいいと言われたので控えめに手を添えると、それと同時に、バイクは走り出した。
「うわ、わっ」
 慌てて、目の前の学ランにしがみつく。
「おい、あんまりスピード出すなよ!」
「恐いの?」
 フッと微かに雲雀が笑った。そして次の瞬間、ぐんとスピードが上がる。
「……っの、バカー!」

×

 まったく、生きた心地がしないとはこういうことだろう。スピードが出ていた割りに到着が遅くなったのは、もちろん雲雀が遠回りをしたからである。それぐらい、ギュッとしがみついて怯える俺が面白かったらしい。
 まだ震えている手でヘルメットを外す俺を、ノーヘルで走りきった雲雀は涼しい顔で眺めていた。
「もう絶対に乗らないからな」
 外したヘルメットを差し出すが、
「それは君の物だから渡されても困る」
 と断られてしまう。
「俺の?」
 てっきり、雲雀が普段被っているものを貸してくれたんだと思っていた。けれどよく見ればヘルメットは新品のように綺麗で傷ひとつない。そもそも、十八歳以上でない限り確実に無免許運転のこの男が普段きちんとヘルメットを装着しているとも思えない。
「……もしかして、これ、俺のために用意してくれたのか?」
 バイクからキーを抜き、雲雀は答えることなく校舎へと向かう。
 急いで後を追って、顔を覗き込んでやった。しかし端正な顔立ちには特に何の感情も浮かんではいなかった。
「おい」
 呼び掛ければ、雲雀は俺が胸元で抱えるヘルメットを一瞥し、それから表情を変えることなく呟いた。
「そういうことになるかもね」
 雲雀らしくない曖昧な返答が何だか可笑しくて思わず吹き出したら、腹を殴られてしまい、暫くその場に蹲ることになった。


「――そういえば、あそこに何の用があったんだ?」
 痛みと吐き気に耐える俺を見捨て、先にいつもの応接室で仕事をはじめていた雲雀は、ゆっくりと書類から顔をあげた。
「また今度教えるよ。君に関係のあることだからね」
 そう言う雲雀の顔には、笑みが浮かんでいた。彼が人を殴っているときのそれに近いけれど何となく違う、しかし同じく愉快そうな顔。
 一体何なのだろう。
 ひとつ確実なのは、雲雀にとって楽しいことが、俺にとってはそうではないということ。
 出来ることならこのまま聞かないままでいたいと心の底から思いながら、今日から俺の物だというヘルメットを棚の上に置いた。


prev top next

[bookmark]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -