とりあえず

 風紀委員の仕事を手伝うのは思ったよりも苦ではなかった。量はあるものの作業自体は簡単なものばかりだし、テスト前にはなんと休みもくれるのだ。更に、他に用事がある日には連絡をいれさえすれば来なくてもいいそうだ。それを告げられたとき、綱重は流石に驚きを隠せなかった。馬車馬のように働かされるに違いないと思っていたからだ。けれど並盛中風紀委員会は思ったよりも凄く、なんというか、良心的だった。
 弟や母に知られたらと心配していたことも杞憂に終わった。風紀の腕章をつけていればそれだけで生徒も教師も道を譲るしけしてこちらと目を合わせようとはしてこないから、制服が他校のものであることに誰も気がつかず当然校内を歩いていても誰にも何も言われないのだ。時に綱重は、雲雀はそういうことまで計算していたのかな、と考える。雲雀恭弥という人間はそれほど悪い人間じゃないのかもしれない――そう考えるときすらもあった。
 だが、何故他校の委員会の仕事を手伝わされているのか、それを疑問に思わない日はなかったし、どう考えても風紀委員の仕事を逸脱している書類の中身を見れば雲雀がこの学校どころか並盛の全てを牛耳っていることが窺えたので、馬鹿な考えはいつもすぐに立ち消えた。

 ノートパソコンの電源を落とすと同時に、見計らったように紅茶の入ったカップがテーブルに置かれた。黙って差し出されたそれを同じく黙って受け取る。丁寧に淹れられた紅茶は色よく香りよく。良い茶葉を使っているおかげもあるだろう。しかし雲雀が居ないときに一度自分でも淹れてみたがこんな風にはならなかったことから、何かコツがあるのだろうと思う。でもそれを聞けば仕事が増える気がして、綱重はいつもこうして雲雀が淹れてくれるのを待つことにしていた。
「――宿題は?」
「少しだけ」
 答えながら、鞄から数学のプリントを取り出す。仕事さえきちんとやれば、この場で宿題を片付けても雲雀は文句を言わない。必要なら図書室だって使わせてくれる。だから母は、綱重が変わらず帰りは図書館に寄っていると思っているはずだ。
 見回りだと言って外に出ていくことも多い雲雀だが、今日はその様子はない。何か“風紀が乱れる”ことでも起きれば飛んでいくのだろうが。ぼんやりとそんなことを考えながら、でも決してそれを望んでいるわけではない自分に気付き綱重は驚いた。
 雲雀はおしゃべりな男ではない。綱重もだ。この部屋で交わされる会話はいつも事務的で、二人の間に流れるのは圧倒的に沈黙の方が長い。けれど、それで息苦しい思いをすることはなく、部屋に二人きりでいても不思議と不快な思いはしなかった。居心地は悪くない。いや、寧ろ――。

 ここに通うようになってまだ一ヶ月も経っていない。それなのに、ここでは今までにないくらい穏やかな気持ちでいられる。それは、雲雀には“体質”を隠さないでいいからで、気を張る必要がないからだ。でも、それだけだと言い切るのは何だか違うような気もする。
 ちらりと、真剣な表情で書類に目を通している雲雀を見やった。もちろんその端正な顔立ちを見ただけで、疑問が解決するわけもない。
 だから綱重はとりあえず、紅茶が美味いからだということにしておこうと思った。


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