風紀委員 前

 目立ちたくない、という思いは男たちも同じのようだった。人目を避けるように裏門を潜り抜ける。校内に入ったあとは、廊下で数人の生徒や教師とすれ違ったが、特に咎められることはなかった。それどころか、皆、黙って綱重たちが通りすぎるのを待っていた。綱重たち――いや、すれ違った彼らは綱重の姿に気がついていなかっただろう。詰襟の学生服に紛れ、大柄な連中に囲まれていても、隙間から覗く金色の輝きは隠せない。けれど、見る者が一様に頭を下げていれば、それが目に留まることもないのだから。
(な、なんなんだ)
 これは何だ。どこの大名行列だ。生徒だけじゃなく教師まで怯えた様子で道を譲って。絶対におかしい。普通じゃない。
 草壁ともう一人に両脇を抱えられ、引き摺られるまま歩いていた綱重だが、勇気を振り絞って立ち止まる。すぐに、じろり、と複数の鋭い視線を向けられて体が震えた。しかし何とか踏ん張った。ここで流されるわけにはいかない。噴き出した汗の所為でずり落ちてきた眼鏡の位置を直しながら、綱重は口を開く。
「あんた……貴方、たちは、その、どういう……?」
「我々は並盛中学の風紀委員だ」
 答えたのはやはり草壁だった。
「風紀委員?」
 おうむ返しに呟きながら綱重は男たちの制服に目をやる。今まで事態の把握に一生懸命でまったく目に入らなかったが、全員、“風紀”と書かれた腕章をつけていた。そういえば、つい先日同じものを見た覚えがある。――雲雀恭弥がつけていたそれだと、綱重は考えるまでもなく思い出した。
「委員長がお待ちだ。早く歩け」
 どんっ、と背中を押され、綱重は再び引き摺られるようにして歩き出した。更に何かを尋ねられる雰囲気でもなかったし勇気もなかった。
(風紀委員だって? どう考えても、あんたたちが一番風紀を乱してるだろ!)
 そんな心の叫びを言葉にすることだって、もちろん出来るはずもなく。

×

 肉食動物の檻に放り込まれる餌の気分だった。いや、自ら檻に入る餌などどこにもいないだろう。……俺以外には……。
 ちらり、と後ろを窺えば、不良集団もとい風紀委員たちが早くしろと眼だけで脅してくる。やはり選択肢は存在しない、らしい。綱重は震える手で目前の扉をノックし、そして室内へと足を踏み出した。

 応接室と掲げられたその部屋は、先日綱重が介抱されそして飛び出した場所だった。
「やっと来たね」
 椅子に腰掛けたまま、雲雀が言った。口元には緩やかな笑みが浮かんでいる。綱重は唇を引き締めて、拳を握った。手の震えはまだ続いていた。
「……、何してるの?」
 部屋の入口から動こうとしない綱重に軽く首を傾げ、雲雀は立ち上がった。特段何をしたというわけでもないのに優雅に見える所作は彼の醸し出す雰囲気の所為だろうか。つい目を奪われてしまい、綱重は腕を掴まれたそのときまで、雲雀が自分に近付いたことに気がつかなかった。
「離せっ」
「責任を果たしにきたんじゃないのかい」
「……責任?」
 眼鏡の奥に怯えの色が走ったのを見、ふぅ、と雲雀は小さく息を吐く。
「だから君が何と言おうと、代金を支払ってもらわないと。現金がないなら――」
 腕を前へと強く引かれ、綱重は体勢を崩した。そのまま床に転がりそうになるが、引いたのとは逆の腕を使い雲雀がそれを支える。腰に回された手に綱重が目を見開くよりも先に、雲雀は、まるで荷物でも置くようにぞんざいに綱重をソファーへと押しやった。
「わっ」
 どさりと沈み込んだ体に覆い被さるようにして、雲雀は綱重へと顔を寄せる。
「――その体で払ってくれれば良いって、言っただろう?」
 耳に直接触れているのでは、と思うほど近いところから囁きかけられ、綱重の体がびくりと跳ねる。それを宥めるかのように雲雀の白い手が、肩から腕へとゆっくりと撫でてくるが、落ち着くはずもない。
「っ、触るな!」
 口調は、気丈を装うことができた。しかし相手に隠しきれぬほど瞳が潤んでいることは自分でもよくわかっていた。実際、目の前の端正な顔は、なんとか涙を誤魔化そうと睨みあげた瞬間に、意地悪く歪んだ。
「溜まってるんだよ。早く手伝ってもらわないと」
「や、やめっ、」
 押し返そうと伸ばした腕は、しかし宙を泳いだだけだった。
「え、」
 間の抜けた声が綱重の唇から漏れたとき、すでに雲雀はこちらへ背を向けていた。
「え……?」
 今の今まで自分に覆い被さっていた男の背中を綱重は呆然と見つめる。自身の無事を確かめるが如く胸元に当てた手に、ドクドクと未だ落ち着かない心臓の脈動が伝わる。
 雲雀は、近くにあるテーブルの上から何かを取り上げるとまたくるりと振り返った。
「今日は初日だから、とりあえずこれだけ」
 差し出されたのは数十枚の紙束。
「ええ、と……?」
 受け取ろうとしない綱重の手に無理矢理書類を押しつけて、雲雀は続ける。
「風紀委員に、群れなきゃ生きていけない弱い生き物は要らないんだ。すると自然と事務処理能力が低い連中ばかりが集まってね。手が足りないんだよ。君、パソコンは使える? 使えなかったら覚えて。今後は、そっちのデータの整理とかもやってもらうから」


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