逃げられない

 駅を出て、並盛中学へと足を向けながら、考える。
 学校は終わったんだろう、と雲雀は言った。それも確かめるというよりも断定する響きで。もしかすると今まで何も動きがなかったのは、自分がこの数日登校していないことを知っていたからだろうか。
 額にじんわりと汗が滲む。
 ――それが五月の陽気の所為ではないことを、綱重は自覚せざるを得ない。

×

 目前の建物を見つめ、綱重は足を止めた。並盛中学の校門まではまだ距離があった。だが生徒の声――部活に励むそれだろう――が聞こえるぐらいには、ほど近い。幸いと綱重が立つその場所は、大通りから外れた細道である所為か、それとも下校時刻を過ぎている所為か、生徒の姿はなかった。
 すぐに来い、と雲雀は言った。もちろん拒否権は綱重にはない。つまり、自宅に戻り制服から着替える時間さえ与えられなかったのだ。自身が身を包む詰襟のそれを見下ろせば、自然と溜め息が零れる。
 今が下校時刻ならば。ここが大きな通りならば。自分の姿は酷く目立っただろう。つまり――これ以上学校に近づけば、確実に注目を集めてしまうだろう。部活中の生徒に見つからず、校舎に入ることができるだろうか。いや、できるはずがない。
 何の部活にも所属していないらしい弟はきっともう帰宅しているだろうが、そんなことは関係ない。同年代の人間がどれだけ噂話が好きか、綱重は身を持って知っていた。
 この制服に、この金色の頭。
 もし弟が話を聞けば、すぐにそれが誰か解ってしまうだろう。
 ――やはり、無理だ。
 校舎に背を向けて、踵を返したそのとき。
「っ!?」
 もしかしてどこかで見ているのだろうか。そんな馬鹿な、とは思うものの、あの男なら有り得るかもしれない。手の中で震えだした携帯電話を握りしめながら、綱重は思わず辺りを見回した。
 結局、どこから見られているのか、いないのか。そのどちらも確認できないまま、綱重は携帯を耳元に持っていく。ちなみに電話に出ない、という選択は出来なかった。無言の圧力、というか。これなら、あのふざけた着信音のままの方が良かったかもしれない。マナーモードに設定を戻した所為で、音もなく震えるそれがまるで自分を責めているように感じられた。ここで無視なんかしたらきっともっと酷いことになる、そんな予感がしてならなかった。
 それに、もしかしたらどこかで見られているかもしれないのだし。
「すぐに出なよ」
「……」
 口を開けば、悪い、なんて謝ってしまいそうで黙り込む。
「……」
「……」
「…………それで今はどこに居るの」
「……なに……?」
「だから、まだなの。まさか道に迷ってるの?」
「っ、……その、俺……は、」
 行きたくないから行かない。
 そう正直に言ったら、一体自分はどうなるんだろう。けれどここまできたら正直に言うしか道はない。上手く動かない唇を何とか動かそうと必死に頑張っていた、そのとき。
「おい、そこのお前」
 声を掛けられて。
 振り向いてみれば。
 リーゼントに学ラン、という一昔前の不良のような姿をした集団がいた。
 予想もしないその光景にあれだけ動かなかった唇がすんなりと開く。しかしそのまま唇は閉じられることなく、ポカンと口を開けたまま綱重は呆然と立ち竦む。そんな綱重の様子に構うことなく、不良集団(?)の中の、リーダー格と思しき、葉っぱを銜えた男が口を開いた。
「沢田綱重だな。一緒に来てもらおうか」
「は!?」
 そして有無を言わせず綱重の腕を掴み、歩き出そうとする。
「ちょっ、な、何だよ! あ、あんたら、一体……」
「草壁か」
 答えたのは携帯電話越しの雲雀だった。どうやら、今自分の腕を掴んでいる葉っぱを銜えた男は草壁というらしい。
 草壁は、綱重の手から携帯を奪い取ると、
「――委員長。見つけました。これから連れていきます」
 そう雲雀に告げて、勝手に通話を切ってしまった。


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