ゼロがたくさん

 そこには変わらず微笑む端麗な顔――、ではなく。
「……は?」
 目の前にひらりとかざされた紙。請求書、と題されたそれを、雲雀は綱重の顔に突きつけていた。
「なに、これ……」
「字が読めなくなったのかい」
「よ、読めるよ! 請求書だろ!」
 請求書。いきなり見せられたそのものにも驚くが、何より、こんなに零が並んだ金額を見たことがなかった。何でこんなもの、と眉を顰める綱重に雲雀は淡々と言葉を返した。
「君の所為で壊れた下駄箱と教室の扉、割れた窓ガラス、そして焦げた床の補修代だ」
「な……!」
 最後の以外は全部あんたがやったんじゃないか、という言葉は声にならなかった。ピタリと喉元にあてがわれたトンファーが綱重の声を奪ったのだ。
「っ……」
「きっちりと払ってもらうよ」
「……む、無理だ……うちには、そんな金……」
 ――あるかも、しれないけれど。
 綱重はこれまで金銭面で困ったことは一度もなかった。私立の学校にも通わせて貰っているし、欲しいものだって頼めば買ってもらえた。
 専業主婦の母に、中学生である自分たち。生活費や学費は全て父が出してくれている。だが、綱重は父親が何の仕事をしているのか知らなかった。昔、何をしているのか父に直接尋ねたときには『世界中で交通整理をしている』などとふざけたことを言われた。(ちなみに、本気で苛ついた為、それきり父とは口を聞いていない)
 そもそも父は家に殆ど帰ってこない。母に尋ねても『星になった』だとか訳のわからないことを言うだけだし――まさか死んだのかと思ったがこの何不自由ない生活が続いているということは生きているのだろう――本当に、何をしているのか謎なのだ。
 ただ、あの父がついている仕事だ。ろくな仕事じゃないことだけは確信している。いつ授業料の滞納で退学になってもおかしくないし、明日、急に家族三人路頭に迷うかもしれない。
 だから、こんなの払えない。払う余裕なんてうちにはない。
「……無理だ」
 喉元を狙ったままの武器を気にしながらも、改めて繰り返す。払えないものは払えない。というか、床以外の支払いについては納得がいかない。
「それなら」
 雲雀が再び笑みを浮かべた。それも、先程の笑みとは違い随分と質の悪い笑みを。
「君のその体で払ってもらおうか」

 鈍い音が、した。

×

 並盛中学風紀副委員長・草壁哲矢は、応接室から慌ただしく飛び出してきたその男の腕を咄嗟に掴んだ。
「おい、貴様……!」
「離せ!」
 包帯が巻かれた腕が草壁の手を払い除けるように振られた。
 この並盛を取り仕切る最強の組織、風紀委員会の副委員長である草壁だ。そんな抵抗など抵抗にもならず、簡単に押さえ込めるはずだった。
「っ、」
 思わず、手を離してしまったのは。
「な、んだ……今のは……!」
 驚きに目を見開く草壁の唇から、くわえていた葉っぱが零れた。廊下に落ちたそれの先がジリ、と燻っているのを見、改めて草壁は驚愕する。
「炎……?」
 呆然と言葉を漏らした草壁だったが、流石は風紀副委員長。すぐに我に返ると小さく舌打ちをし、走り去った男の後を追うべく、足を踏み出した。
 しかしそんな草壁を制止する声が響く。
「いい。好きに行かせろ」
「しかし委員長、……っ、ど、どうしたんです!?」
 敬愛する風紀委員長・雲雀恭弥の頬に残る傷跡を見つけ、慌てて駆け寄る草壁。
「ぐ……!」
 だが雲雀が草壁に返したのは、心配に対する礼でも、無事を伝える言葉でもなく、腹部への強烈な一撃だった。

「沢田綱重――気に入ったよ」

 切れた唇の端を舐めながら、雲雀は笑った。


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