06

 一月前、同級生が死んだ。交通事故だというが本当に“事故”なのかはわからない。指示通りに動かなければお前も同じ目に遭うぞ、と手紙に書いてあったからだ。
 どうしてこんな目に!一体僕が何をしたっていうんだよ!――入江正一は、手紙を貰ってから何度も口にしている嘆きを今また心の中で叫んだ。
 手紙の主は正一のことを何でも知っているらしい。家も、学校も、好きな女の子の名前も、それから恥ずかしくて大きな声では言えないけれどミュージシャンになりたいという将来の夢も(それに関しては、向いていないから諦めろという忠告までご丁寧に書いてあった)。逃げられないことはそれを読めばよくわかった。だから、正一は手紙の通り動いた。書かれている順番通り、何人もの人間にバズーカの照準を合わせた。
 バズーカを当てると辺りに煙が立ち込め、煙が消えると同時にそこに居たはずの人間も消え失せる。死体が転がっていないことは正一にとって功罪相半ばであった。殺人犯と確定したわけではないが、恐らく死んではいないだろうという希望的観測がずるずると犯行――なんて言いたくはないが自分のしていることはそう呼ぶべきものなのだろう――を繰り返す後押しとなってしまっていた。
 恐かった。
 正一は、手紙の主はもちろんのこと、自分自身が恐ろしくて仕方なかった。
 こんな実験の話を聞いたことがある。被験者は教師役。生徒役の人間に問題を出し、誤答したらボタンを押して電流を加える。誤答する度に電圧を上げていくルールだ。当然、ボタンを押す度に生徒役の悲鳴――実は生徒役は演技をしているだけなのだが、被験者と生徒役は壁で仕切られているため、被験者は本当に電気ショックを与えていると思っている――は大きくなる。やめてくれという悲痛な声が聞こえ、こんな実験辞めると叫び声が訴え、そして最終的には何も聞こえなくなる。被験者は躊躇し中止を求めるが、実験の責任者である教授が『あなたに責任はない』『続けてもらわなければならない』などと告げると危険と書いてあるレベルにまで電圧が上がっても、実に約六割の人間がボタンを押し続けたのだという。
 それと同じだ。行為にどんな意味があるのか解らなくとも、とんでもないことをしている自覚はあって、それなのに続けてしまう。続けてしまった。だが、それもあと少しだった。あと一人、笹川了平という男で最後だったのに。
 呼び出した筈の笹川了平は来ず、代わりに現れたのは見知らぬ青年だった。

 体の横を、大振りの枝が掠めていった。正一は、それが背後の大木から切り落とされたものだということを数秒遅れて認識する。
「同じようにお前の腕を切り落としてみせれば言うべきことを思い出せるか?」
 陽光を反射して煌めく刀身は、揺らめいているような不思議な形状と相俟って、おもちゃにしか見えなかったがどうやら本物だったらしい。本物の剣を突きつけられるという一生に一度だろう稀有な体験。もちろん有り難くも、嬉しくもない。
 余りの恐怖に、正一は感じていた胃の痛みすら忘れた。知らず知らず、リュックを持つ手に力がこもる。何かに縋りつきたい気持ちがそうさせたのだろう。または、中身を知られたらという恐怖心か。
「……それに何が入っている?」
「なっ、なにも! 何にも入ってません!」
 どうしてバレたのかという驚きと焦りは、正一の声を不自然に上擦らせる。
 青年の、日本人離れした琥珀色の瞳が正一を覗き込んだ。思わず息を呑む。瞳の美しさに加え全てを見透かされるような感覚が正一の体を一瞬だが麻痺させた。
「あっ……」
 青年の細い指がリュックを掴み、奪っていく。
 中には、装填済みのバズーカと予備の弾が一つ、入っている。見られたら正一のしたことの全てが暴かれてしまうだろう。いや、それよりも手紙には誰にも見つからないようにと書かれていた。もしも見られてしまったら。
 ――“死”、だ。
「か、返して……っ!」
 正一はリュックに手を伸ばした。非力な腕力では取り返すまではいかなかったものの、何とか奪われずには済んだ。意外な反撃に青年は驚いた様子だったし、正一は死に物狂いだった。
 ぐいぐいと引っ張りあう二人の所為で、リュックの口が開く。もしも奪い合っているのが子供だったならば今頃悲鳴を上げていることだろう。しかし物言わぬ鞄をどちらかが先に放す筈もなく、リュックは千切れんばかりに左右に捩れ、伸びる。
 十数秒ほどで勝負はついた。
「……わっ!」
 ずるり。手が滑り、正一は尻餅をついてしまった。
 青年にとってそれが完全なる勝利とならなかったのは、幾つかの偶然が重なった所為だ。一つは、リュックが、いきなり手放された反動で僅かに浮き上がったこと。二つ、大きく開かれた口から正一が必死に隠そうとしていた中身が零れてしまったこと。そして最後に、その中身が、青年の胸元に飛び込んでいったこと。
 避けることはもちろん、それが何か認識することもできないまま、青年――綱重は、十年バズーカに被弾してしまったのだった。


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