04

「まるでボディーガードに守られてるみたい」
 奈々は笑いながら振り返った。
 彼女の右手側をフゥ太が、左手側にはビアンキが歩いている。三人の一歩後ろを歩いていた綱重が視線を受け取り、軽く首を傾げると、だって、と笑みを深くする。
「綱重ったら竹刀なんて担いで」
 綱重の背にある袋の中身は言うまでもなく竹刀などではない。実際に人の肉を切り裂ける真剣だ。他にも、この商店街丸ごと吹き飛ばせる威力を持つ拳銃二丁をはじめ幾つかの武器を携えていた。
 綱重は、それらの存在を微塵も感じさせない暢気な笑みを母に返す。
「少し治安の悪いところに行くときなんかは持ってると安心するから癖になってるんだよ」
 少し苦しいか、と思いつつも言い切った。母は“留学先”に来たことはないし、また母の思い浮かべる“外国”は映画やテレビ番組の印象でしかないとわかっていたからだ。
「まあ。そんな危ないところに行くの?」
 不審がられるどころか、憂色を浮かべて尋ねられ、どうしても近道したいときなんかにね、と答える。目一杯の軽やかな声音で言ったのだが、母の不安は払拭しきれなかったようだ。未だ曇ったままの表情に綱重は慌てて言葉を続けた。
「銃撃戦に巻き込まれたり? それ、映画の見すぎだから」
「でも、」
「もし巻き込まれても大丈夫だって。母さんの息子はそんなに弱くないよ」
 瞬間、母の大きな瞳が揺らいだ気がして、心臓が跳ねる。しまったと思ってももう遅い。奈々はすぐに前を向いてしまったため、綱重は本当に母の目に涙が浮かんだのかどうか確認できなかった。だが、見間違いではないだろう。
「……そういえばツナもね、私がスリにあったとき、リボーンくんたちと一緒にこうして買い物に付いてきてくれたのよ」
 やはり弟のことを思い起こさせてしまっていた。フゥ太とビアンキ、二人から非難の視線を向けられて、今更ながら口を押さえる。一層強く綱重に突き刺さる視線は、非難と共に早く話題を変えろと告げていた。しかし自然に話題を変えられるような上手い言葉は思い浮かばない。どうしようかと目を泳がす綱重に、助け船は意外なところから出された。
「いっけない!」
 奈々が突然大きな声を上げたのだ。どうかしたのかと集まる視線に照れ笑いを浮かべ。
「卵買うの忘れちゃったわ。戻って買ってくるから、みんなは先に帰ってて?」
 綱重はビアンキを見た。ビアンキも綱重に視線を向けていた。二人は一瞬だけ視線を交わし、それから奈々に向かって同時に頷く。一緒に行動するよりも危険は少ない。そう判断したのだ。
「じゃあ、荷物は私たちが持っていくわ」
 言って、ビアンキは奈々の手からスーパーの袋をさらう。そして奈々の空いた手のひらをフゥ太の小さな手が掴んだ。
「ママン、僕も一緒に行ってもいい?」
「ええ。もちろんよ」

 スーパーに戻っていく大小の背中を綱重とビアンキは見送った。奈々とフゥ太が離れるのと同時に、ずっとまとわりついていた気配が三つから一つに減る。予想通りだ。
 数日前、綱重が言った通り、護衛の数は随分と減っていた。それも今の彼らは、綱重よりも奈々の護衛に力を入れているようだ。そうするよう命令が下されているのだろう。
「――捕まえるのは一緒にやってもいいけれど、そのあとは私に任せてもらうわよ。尋問は得意なの」
 ビアンキの言葉に浮かぶ苦笑いを堪え、頷く。護衛の数が減ったからといってすぐに相手が引っかかってくるとは思えなかった。つい漏らした溜め息をどう捉えたのかビアンキが眉を寄せる。綱重への疑いは未だ完全には晴れていないようだ。
 こんなことけして望むはずがないのに。
 この状況は、綱重にとっても都合が悪い。
 確かに10代目になろうとしていた時期もある。ボンゴレのボスを継承した暁に、同盟ファミリーが集まる前で宣言したかったのだ。ボンゴレのボスにはザンザスこそが相応しい、と。それだけが綱重の狙いだった。そのために10代目になろうと思っていた。今10代目に指名されても、何もできないと解っている。9代目も父もボンゴレの上層部も、そんな隙は与えてくれないだろうし、もしかしたら彼のことを殺すかもしれない。このまま弟が無事に帰ってこなければ、考えるだけで耐えられないそれを盾に、綱重にボンゴレを継がせようとするだろう。他の誰でもない綱重自身が、自分にはとても務まらないとわかっているのに――。
 俯いていた顔をあげ、それとなく周囲を窺う。怪しい気配は感じられなかったがただ待つだけなんて出来なかった。もし襲ってくる気ならば早くして欲しい。本当にアルコバレーノをどうにかしたのならば、到底敵うはずがない相手だ。死ぬかもしれないと思う。それでもいい、とも。もしかしたら自分はそれを望んでいるのかもしれない――馬鹿馬鹿しい、と頭を振りかけたそのとき。
 綱重の目に留まる、一人の男。
「……足を速めてもらえますか」
 そっとビアンキに囁いた。彼女は少しだけ眉をあげたが何も言わずに言う通りにしてくれた。
 ゆったりとした歩調が次第に速められ、商店街を抜け、住宅街に入ったときには二人はまるで競うように走っていた。犬の散歩をしていた女性が唖然としている横を駆け抜け、最初の角を曲がる。
「……うぐっ!」
 男は短い悲鳴を最後に昏倒した。コンクリートの地面に突っ伏す男を見下ろしたあと、ビアンキは綱重に視線を向ける。
「何か、」
 一度言葉を切り、すぐに言い直す。
「誰かが居たのね?」
 角を曲がった瞬間、綱重は足を止めた。そして追いかけてきたこの中年男性を一瞬で沈めたのだ。護衛についていた男の意識を奪う理由は、それしかないだろう。確信めいたビアンキの問いかけにしかし綱重は首を横に振る。
「まだわかりません。だから確かめに行きます」
「貴方の父親に報告するべきじゃ、」
「ビアンキさん」
 言葉を遮られ、顔を顰めるビアンキに綱重は優しく言い聞かせるように続けた。
「ボンゴレは、一介の殺し屋に重要な情報が渡るようなヘマはしません。自分達でケリがつけられなくなったら困りますから」
 ビアンキはそれだけで言いたいことを察したようだったが、綱重は構わず畳み掛けた。
「貴女は、一生、愛する人や弟の安否すら解らないままかもしれない。――それが嫌なら全て見なかった振りを」
 ビアンキの瞳が明らかな動揺で揺らぐ。先程、母もこんな表情をしていたのだろうかと綱重は彼女の顔を見つめた。だがやはり彼女もすぐに顔を背けてしまう。
「……信用、できるの?」
「選択肢は“する”か“しない”かのどちらかです」
 暫し沈黙したあと、ビアンキがゆるゆると口を開く。
「この男、どこに隠しておく気?」
「このまま転がしておいても問題ないでしょう」
「駄目よ。あそこの公園に運びましょう」
 ビアンキが指差した公園はその場所から百メートルも離れていなかった。幸い道路にも公園にも人影はなく、誰にも見られずに植え込みの中に男を隠すことができた。
 そして次なる問題は、一人で家まで持って帰るには多すぎる量の食材だ。
「持てますか」
「持つと決めたの。出来るかどうかは関係ないわ」
 ぴしゃりと言い放つビアンキの顔にはもう動揺は残っていなかった。それどころか何か有益な情報を手に入れてこないと許さないとその勝ち気な瞳は言っている。
 手掛かりと、はっきり言える訳じゃなかった。彼は、おおよそマフィアと関わりのある人間には見えなかった。ごく普通の――しかし何かがあると綱重は確かにあのとき感じたのだ。それを信じて動くしかない。
 商店街ですれ違った少年を探すため、綱重は踵を返した。


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