03

 部屋の扉が開かれる。ノックはなかったが、相手は気配を隠していたわけではないのでその点について文句を言うつもりはない。しかし手を止めて笑顔で応対する気にもなれなかった。馴染みある感触を確かめながら綱重は銃の分解を続ける。銃は、ベッドに立て掛けてある剣と共に、空港に着いてすぐ運び屋から受け取ったものだ。父が手配したらしい。
 このあとは剣の手入れをし、その次は銃弾に炎を溜める作業に取りかかろう。頭の中でスケジュールを立てつつ、僅かながら意識を扉の方に向けた。彼女――ビアンキは、部屋に入ってくることはしなかった。ドア枠に寄りかかり問いかけてくる。
「本当に何も知らないのね?」
 同じことを何度確かめたら気が済むのだろう。思いつつも、これまでと同じくただ頷いて返す。
「それで、餌にされることにも抵抗はない、と?」
 丹念に、銃身に傷がないことを確認しながら綱重は口を開いた。ただし発したのは質問の答えではなかったが。
「貴女の方こそ大人しくここに居る理由は何です? 噂では、もっと行動力のある女性だと聞いていましたが」
「あんな状態のママンを放っておけるはずがないでしょう」
 意外な言葉に思わず顔を上げる。じっと見つめれば、細い眉が不愉快そうに顰められた。
「大体、下手に動くよりもボンゴレが情報を集めるのを待った方が早いじゃない」
 確かにそうだ。だが正直な話、綱重は、彼女が異母弟や意中のアルコバレーノが行方不明の状況で、そんな冷静な判断が出来るとは思っていなかった。この家に“毒サソリ”が来た経緯を、そして日本に滞在し続けている事実を知っていたからだ。だから先に口にした言葉の方がきっと正しい。いや、というよりも先の理由があったからビアンキは冷静に考えることが出来たのかもしれない。彼女は他人を心配することで自分を保てる人間なのだろう。
 綱重は、母の姿を思い浮かべた。憔悴しているのは間違いないのに、明るい笑顔で自分を迎え入れてくれた母。母もまた、他人を想うことで自分を保てる人間に違いなかった。
 ――この間、帰ってきたときにあの人が何か吹き込んだんだわ。ほら、旅はいいとか、なんとか。せめてどこに行くか言って行けばいいのに、まったく、ツナは昔からお父さんの悪い所ばかり真似するんだから。ねえ、綱重もそう思うでしょう?
 弟の不在について愚痴を零す母の声は、ツナが酷い点数の答案用紙を隠していた、なんて他愛もない話をしているかのような軽いものだった。久しぶりに帰ってきた長男に不安を与えたくはないのだろう。笑顔を絶やさず、豪勢な食事をこしらえて。でもテーブルに皿を並べる手は震えていたし、目の下の隈だって完璧には隠せていない。それでも綱重に出来るのは、知らぬ顔で久々の実家を楽しんでいる振りをすることだけだった。

「とにかく鬱陶しいのよ」
 苛立ちを隠しもせず、ビアンキが言う。視線は窓の外、沢田家を取り囲む気配に向けられていた。
「少しでも協力する気があるなら何とかして。こんな人数が周りを囲んでいたら、釣れる魚も釣れないわ」
「……今日か明日にも改善されます」
 言い切れば、彼女の切れ長の瞳が見開かれる。何とかしろと要求した割に綱重が協力するとは思っていなかったようだ。驚きの表情を浮かべたビアンキは、冷たい美人といった雰囲気が崩れ至極可愛らしい印象だ。つられて綱重もフッと表情を和らげた。
「そろそろ情報が伝わった頃でしょうから」
 家光が手配した運び屋が綱重もよく知る男だったことが幸いした。武器を受けとる際、何気ない会話に潜ませた依頼を、必然的に後払いとなってしまうことも構わずに快く受け付けてくれる、そんな相手はそうはいない。それも、出所が解らないようにしつつ確実にターゲットまで“情報”を運べる凄腕の運び屋は世界で彼ぐらいだろう。本当に運が良かった。
「今頃、父は責められているでしょうね。そこまで庇うのならば、初めから長男を後継者に指名しておくべきではなかったのか、と」
 唇を引き上げる。今頃、不満があちこちで噴出して、父たちを責め立てているに違いない。そう思うと笑いが込み上げて仕方がなかった。
 半端なことをするからだと綱重は心の内で嘲笑う。
 皆、もううんざりしているのだ。ボンゴレ10代目の座を巡る長き内紛に。払った犠牲の多さに。
 それなのに父は、綱重やザンザスの関与を疑う声に、綱重を日本に行かせるとだけ答え、ミスリードを誘ったのだろう。関わりがないことを証明するためにも10代目を救い出す餌になってもらう、と。だが実際にはそんな気はまったくなく、こうして武器を渡し、呆れるほどの数の護衛もつけている。綱重は、この事実を知れば確実に憤慨するだろう連中に情報が渡るよう、運び屋に依頼したのだった。
 “連中”は、綱重がボンゴレを継ぐ者として相応しくないと思っている。理由は多々あるが、彼らと相対する幹部が綱重を推薦していたからというのが一番だろう。綱重が10代目になることは彼らにとって何かと都合が悪いのだ。
 ボンゴレは大きな組織だ。抱えている人間の数は、そのまま抱えた火種の数でもある。組織の中では、たくさんの人間の感情が絡み合い、あちこちで打算や嫉妬、怒り、怨みといった負の感情が渦巻いている。その全てをまとめ、上手く組織の利益に繋げさせるのがボスの役目だ。――もちろんそれは誰にでも出来ることじゃない。

 ビアンキは怪訝そうに腕を組んでいる。
「あのこたちが見つからない方があなたにとっては都合がいいはずでしょう? なのに、どうして」
「餌にするならせめてちゃんと使ってくれ、ということです」
 肩を竦め笑顔で返した言葉は、嘘ではなかったが、全ての理由というわけでもない。
 銃の手入れを続けるため顔を俯けた綱重の瞳には、隠しきれない憂いが浮かんでいた。


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