01

 動物を模した匣兵器は、元となる動物の性質がよく反映されている。
 嵐ハイエナの群れに取り囲まれた綱重の脳裏に浮かんだのは、我先にと獲物を食いちぎるハイエナたちの姿だ。ライオンなどとは違いハイエナは獲物の息の根を止めたりはしない。獲物は、生きたまま食われ、絶命する。
 いつかテレビで見た、老いたヌーに共感する日がくるとは思わなかった。
 内心、自嘲を浮かべる間にもハイエナたちとの距離はじりじりと縮まっていく。綱重は手中の銃に炎を流し込むが、それが大した意味を持たないことを知っていた。一歩でも動けばその瞬間に襲われるだろう。動かなくても、いずれ向こうは牙を剥く。嵐ハイエナを操る男たちの表情はわからない。マスクを被っているからだ。しかし、彼らが酷く苛ついていることだけはマスク越しにも伝わってきた。たった一人にこれだけ手こずらせられたのだから、当然だろう。
 いい加減終わりにしたいのは、あちらもこちらも同じ。
 覚悟を決めた綱重が銃を握り直したそのとき、嵐ハイエナたちの体を真っ赤な炎が包み込んだ。一瞬、嵐ハイエナが一斉に炎を纏ったのだと思ったが、すぐにそうではないことが解った。嵐ハイエナたちが発していた炎とは比べ物にならないほど、純度が高く、激しい炎。突如赤く燃え盛ったハイエナたちに、綱重もミルフィオーレ側も目を見開くほかない。
 一番初めに気が付いたのは綱重だった。そしてあらぬ方角に注がれた綱重の視線に気付いた一人がつられてそちらを振り返り、叫んだ。
「な、何者だッ!」
 その場にいた全員が振り仰いだ。
 窓の向こう、宙を浮遊する二人の男。一人は雲属性、もう一人は嵐属性の使い手であることが、ブーツに灯る炎の色で確認できる。
「まだ残っていやがったのか!」
「いや、救援だろう……」
「まさか。早すぎる」
 残党にせよ、同盟ファミリーの救援部隊にせよ、やることは一つだ。新たに現れた敵の姿に男たちは身構える。しかし、彼らの指揮を執る男が口にしたのは、攻撃を指示する言葉ではなかった。二人の男の指に輝くリングを指差しながら、驚愕に満ちた声を響かせた。
「そ、それは、マーレリング……ッ!?」
 何故幹部がここに。何故ミルフィオーレの人間が我々を攻撃する。ざわめきは、瞬く間に断末魔と変化した。彼らの匣兵器が屠されたのと同じ、真っ赤な炎が男たちの体を包み込んでいた。火の海と化した廊下、もがき苦しむ人々が陽炎のように揺らめく合間を駆ける一つの人影を、窓の向こうの男は見逃さない。
「バーロー! 逃がすか!」
「っ……!」
 蹴破られた窓ガラスが凶器となって綱重の体に降り注ぐ。
 咄嗟に引き金を引いていた。破片は焼き払えたが、駆け抜けるべきだったのだと、綱重は舌を打つ。
「――くそっ! 離せ!」
 男のスピードは予想以上だった。足を怪我していなくとも結果は同じだっただろう。あっという間に背後を取られ、腕を後ろ手に捻りあげられた。
「ザクロ。あまり手荒にしてはなりません」
「わぁってら。殺さず、出来るだけ傷をつけず、だろ? ……って、すでに傷だらけじゃねえか。怒られねえかな、これ」
 ザクロと呼ばれた髭面の男は、綱重の満身創痍な体を見下ろし、脱力した様子で言った。瞬間、ほんの少しだけ拘束が緩んだ。
「っ! この野郎!」
 背後の体に肘を打ち込めば、返ってきたのは強烈な一打。口の中に不快な鉄の味が広がる。
「……ザクロ」
「今のは“出来るだけ”には入らねえ! 文句があるなら手伝え、桔梗!」
 バーロー、と悪態を吐くザクロの顔には僅かだが汗が滲んでいた。無論、綱重の攻撃が効いたわけではないだろう。綱重の腕は拘束されたまま、いや、一層強く捻りあげられている。
 言葉とは裏腹に己の失敗を悔いているのだと桔梗は推察する。本当につい殴ってしまったに違いない。ハイエナの群れに囲まれていた綱重の姿は、すでに敗者の様相だった。意外な反撃に驚いたのはザクロだけではなかった。
「仕方ありませんね」
 桔梗は小さく息を吐くと、胸元から小さなケースを取り出した。片手でその中身を取り出し、逆の手で綱重の髪の毛を掴むと、頭を押さえつけ、白いうなじを露にする。
「……!」
 ツ、と冷たい指が首に触れる感触に、綱重は息を飲んだ。
「――貴方には、少し眠っていただきましょう」
 宣言と同時に首筋に針が落とされる。綱重の意識はそこで途切れた。


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