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 激しい鼓動と乱れた呼吸が、まるで危険信号のように体の中から鼓膜を震わせている。
 綱重は、辺りに誰もいないことを確認して、体から力を抜いた。背後の柱に身を預けその場に座りこむ。
(――あと、一分)
 ちらりと手首の時計に視線を向けながら、額から噴き出す汗を袖で拭った。ぬるりとした感触に出血でもしているのではないかと少しだけ焦る。勘違いした理由は、汗の量だけでなく足の痛みが原因だろう。嵐属性の炎が掠めた左足は、先ほどから鈍痛を訴えている。忌々しげに自由のきかない足を見下ろすと、綱重は腰に下がる匣兵器に手を伸ばした。“CEDEF”という文字が装飾された匣の一つに、触れるか触れないかというところで手が止まる。
 スタミナ切れが近い。予備の炎を蓄えたバッテリー匣も所持してはいるが、今ここで使うわけにはいかないだろう。
「もっと体力つけないと……」
 呟いて、あまりの馬鹿馬鹿しさに唇を歪ませた。
 そんな機会はもう来ないだろう、確かにそう感じているのに今一つ実感がわかなかった。子供の頃から死という存在が傍らにあった所為で感覚が麻痺しているのかもしれない。その上、何だかんだこの歳まで生き延びてきたから、心のどこかで今回も何とかなると思ってしまうのだろう。ボンゴレの長い歴史と栄華を象徴するかのような威厳に満ちた城が、こんなにも容易く、そして脆く崩れていくのを目の当たりにしているというのに。
 ――腕時計の秒針が一周を終えた。
 南と北、それぞれの方角から爆発音がして、数瞬の後、振動が伝わってくる。仕掛けた爆弾が正常に作動したことを知り、綱重は安堵の息を吐いた。これで小部隊を五つほど潰したことになる。全ての性能を引き出せるわけではない霧属性の匣兵器で作り出した幻影が、上手く敵を誘導出来ていれば、の話だが。
 再び――今度は隠しきれない疲労を押し出すかのように――息を吐き出して、立ち上がった。左足を庇いながら、柱に背を預ける。
 仲間たちは、無事に9代目を見つけ、地下道を抜けられただろうか。連絡がないことを不安に感じないと言えば嘘になるが、しかしそれは考える必要のない事柄だ。今の自分に出来るのは、彼らが安全な場所に避難する時間を稼ぐことだけ。だから、それだけを考えていればいいのだ。
 綱重は、腰に下げられている内、唯一CEDEFの文字が刻まれていない匣兵器を掴んだ。匣は、激しく揺れていた。気を付けていないと落としてしまいそうになるほどの暴れようだった。
 いつもこちらの思考や感情を敏感に感じ取ってくれる頼もしい相棒。だけど、今だけは解らないでいて欲しかった。
 苦笑いを浮かべつつ、指にはめられている三つのリングから一つを外した。途端、まるで抗議するかのように一層激しく揺れだした匣に口付ける。こんなことで宥められると、思っているわけではないけれど。
「ごめん」
 目を瞑れば、苛烈な光を放つ紅が見える気がする。怒るだろうな、そんな当たり前のことを思う。
「……ごめんってば」
 揺れの収まらない匣を一撫でして、唇を噛み締めた。


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